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前ページ次ページ異世界BASARA 幸村とルイズは長い廊下を、2人並んで歩いていた。 「良き主君にござるな、ジェームズ殿は」 廊下を歩きながら、幸村はルイズに話し掛ける。 「配下の将を見ていれば分かる。あのように慕われるのは幸せでござろう」 「……でも、明日には戦って死んじゃうのよ?」 ルイズが震える声で口を開いた。 「嫌だわ……何であの人達死のうとするの?姫様が逃げろって言っているのに……」 次第にルイズの目から涙が流れる。遂には立ち止まり、その場で泣き出してしまった。 幸村はそれを黙って見ている。 「私、もう一度説得してみる。国より、愛する人の方が大事じゃない」 「それはなりませぬ」 と、黙していた幸村が首を横に振りながら言った。 「どうして!?ウェールズ様だって本当は……!」 「アンリエッタ殿を想うからこそにござる」 幸村は真剣な表情でルイズを見つめ、さらに続けた。 「ルイズ殿。皆、勇敢に戦い果てる事を決心しておられる。その思い、察して下され」 だがルイズは頷かなかった。 ルイズは武士ではない、ましてや戦に出た事もない少女である。 彼女にはどうしても理解出来なかった。だから、ルイズは幸村にこう言った。 「……ユキムラ、あんたは死ぬのが怖くないの?」 「この幸村、武士となったその日から死する事は覚悟しておりまする」 「じゃあ、私が戦って死ねって言ったらあんたは死ぬの?」 「それがルイズ殿の望みであれば」 その瞬間、幸村の頬に平手が飛んできた。 一瞬、幸村は何が起こったのか分からず、呆けた顔でルイズを見ていた。 「ルイズ殿?何を……」 数秒後、自分の頬を押さえていた幸村がやっと口を開いてルイズに尋ねた。 「やっぱりあんた馬鹿だわ、この国の人と同じ、自分の事しか考えてないのね!」 「そのような事は!拙者はルイズ殿の為ならば命懸けで……!」 「それで死んで満足?残された人の気持ちはどうなるのよ!!」 ルイズはその目に涙を溜めたまま、幸村を睨んだ。 今まで何百、何千という敵と刃を交えてきた幸村であっても、ルイズの涙と、その小さな体から発せられる気迫にたじろぐ。 しばらく幸村を睨んでいたルイズだったが、少し落ち着いたのか、腕で涙を拭ってもう一度幸村を見て言った。 「あんたは使い魔だから、私を守るのは当然よ。でもね、それで死ぬなんて絶対ダメ。分かった?」 「……は、ははっ!!」 幸村は我に返り、ルイズに深く頭を下げた。 「あ、そうだ」 と、ルイズは何かを思い出したのか、はっとした顔になる。 「あ、あのねユキムラ……ラ・ロシェールで言い忘れていた事だけど……」 「はっ!何でござろうか?」 ルイズは困ったような表情になり、ポリポリと頬を掻いた。 「ワ、ワルドがね、私と結婚しないかって」 「おお!そうでござるか!結婚…………結婚んんんーーーっっ!?!?」 予想だにしなかった告白に、幸村は素っ頓狂な声を上げた。 「け、け、けけけけけけけ結婚とは!ななな何故いきなり!?」 今にも飛び出しそうな程に目を見開き、ルイズに尋ねた。 「そんなに驚かないで、婚約者なんだからいつか結婚するのは当たり前じゃない」 そんな幸村とは違い、ルイズは落ち着いた様子で腰に手を当てている。 「でも安心しなさい。結婚はしないから。」 「そ、そうでござるか……」 それを聞いてほっとしたのか、幸村は大きな溜息をついた。 「私、これからワルドにこの事を謝ってくるわ」 「ルイズ殿、拙者も御供いたしますぞ」 しかし、ルイズは突然慌てた様子になってそれを止める。 「い、いいわ!ユキムラは先に戻ってて!こ、こういうのは当人同士で話し合った方がいいのよ!」 「し、しかし……」 「いいから!戻ってなさい!!」 戸惑っている幸村を戻らせ、ルイズはワルドの部屋に向かっていた。 相手は憧れていたワルド子爵だ。幼い頃、結婚するのを夢見ていた…… それなのに、今は結婚する事を考えると気持ちが沈んでしまうのである。 滅び行くこの国を見たからか、それとも死に向かうウェールズを目の当たりにしたからか…… しかし、そのどれも今の心境の原因ではないように思えた。 不意に、ルイズは幸村にワルドと結婚する事を話した時の事を思い出す。 幸村にまだ結婚はしないと話した時の、あのほっとした顔を見た時…… 何故か自分も安心したのである。 まさか、自分はワルドとの結婚を否定して欲しかったのだろうか? そんな考えが頭をよぎった頃、ルイズはワルドのいる部屋の前まで来ていた。 ルイズがワルドの部屋に着いた頃、幸村は言われた通りに自分の部屋に戻っていた。 「ひでぇ慌てっぷりだったな相棒」 すると、今まで黙っていたデルフリンガーが口を開いた。 「あそこはあれだぜ、俺の傍にいてくれ!とか、そういった事を言わねぇと」 「何を申すか、拙者はルイズ殿の傍にいるよう心掛けているが?」 そういう意味じゃねぇよ……と、デルフリンガーは小さい声で呟いた。 デルフ自身も薄々感づいてはいたが、この幸村という男、戦いにおいては中々のものだが、女性の事となるとまったくの二流……いや、三流であった。 さらに片や自分の気持ちに素直になれないルイズである。 (こりゃ嬢ちゃんが猛烈にアタックしない限りは無理だな……) 「結婚は出来ない?」 一方、こちらはワルドの部屋。 突然訪れてきた婚約者の言葉に、ワルドは思わず聞き返した。 「ごめんなさい。ワルド、あなたには憧れていたわ。もしかしたら恋だったのかもしれない……」 ルイズは俯きながら話していたが、深く深呼吸すると顔を上げ、決心したように言った。 「でも、今は違うの。私……」 話そうとしたところで、ワルドがルイズの手を取った。 「……緊張しているだけさ。そうたろうルイズ?」 しかし、ルイズは首を振る。 その瞬間、ワルドの目が吊り上り、ルイズの肩を強く掴んできた。 「世界、世界だルイズ!僕は世界を手に入れる!その為に君の力が必要なんだ!」 豹変したワルドに、ルイズは震え上がった。 「……む?」 その頃、幸村の体にある異変が起こっていた。 「どうしたね相棒?」 「今……ワルド殿の姿が見えたような……」 幸村はそう言って、しきりに目をこする。 武器を握っていないのにも関わらず、左手のルーンが光っていた。 「ルイズ!僕には君が必要なんだ!君の才能が、力が!」 ワルドはルイズの肩を掴んだまま、激しい口調で詰め寄る。 その剣幕に、ルイズは顔を歪めた。 「嫌よ。そんな結婚死んでも嫌……!あなた、私の事愛してないじゃない!」 ルイズはそう言い放つと、ワルドの手を振り解く。 「……こうまで言ってもダメなのかい?」 「嫌よ。誰があなたなんかと結婚するもんですか!」 その言葉を聞いたワルドは、唇の端を吊り上げ、禍々しい笑みを浮かべた。 「そうか……分かった、分かったよルイズ。手に入らないのならば、壊すとしよう……」 ワルドはそう言うと杖を手に取り、呪文を唱え始める。 そして、杖を振るうと、杖の先から光の玉が飛び出す。 光は窓を突き破って上昇すると、空中で大きな音と光と共に爆ぜた。 「子爵……今のは?」 ルイズは恐る恐るワルドに尋ねる。 対してワルドはいつもルイズに見せるような笑顔を浮かべて言った。 「合図だよ。ニューカッスル城を総攻撃せよという合図さ」 その言葉の後、城が轟音と共に大きく揺れ動いた。 「……どうやら、彼は言いくるめるのに失敗したようだな……」 レキシントン号の甲板上で、松永久秀は砲撃を受けるニューカッスルの城を見ながら呟いた。 不意に松永は指を鳴らす。 すると、彼の背後に長身のメイジが現れた。だがそのメイジから発せられる雰囲気は貴族というよりも傭兵のそれである。 「御出陣ですかマツナガ様」 「欲しい物は自分で手に入れるから良い。セレスタン、卿は女子供を捕らえてくれ」 「何に使うんです?」 「余興だよ。いずれトリステインの姫君に見せる余興に使うのだ」 松永はその顔に嫌な笑みを作り、笑った。 だが、セレスタンと呼ばれたメイジは困ったように松永に尋ねる。 「俺はやりますけど……“あの2人”はどうするんで?」 それを聞いた松永は、歯を剥き出しにし、さらに邪悪な笑みを浮かべて言った。 「欲望のまま血を啜らせればよい。肉を喰らわせればよい。それが彼等の真理……」 前ページ次ページ異世界BASARA
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前ページ次ページときめき☆ぜろのけ女学園 ――ポッポー、ポッポー、ポッポー…… 時刻は午前7時30分。ハト時計のハトがけたたましく鳴き声を上げた。 「うー、あっつーい……」 「とろけるううう」 夏真っ盛りで冷房の無い寮、ルイズ・ペロ共にだらけきって……いやとろけきっていた。 ペロの舌もだらしなく伸びてルイズの胸の上に乗っている。 「ちょっとペロ、この熱い舌のけてよ!」 「暑いとベロ出る」 「犬じゃないんだから……っていうか、舐めてるでしょー!!」 「きろへいきろへい(気のせい気のせい)」 口ではそう言いつつもしっかりペロはルイズの汗を舐めていた。 その時、 ――ガ……、ガガ…… スピーカーから雑音が流れたかと思うと、 『皆さん、おはようございます。今日は海開きの日です。各自水着を持って登校してください』 アナウンスが聞こえてきた。 「海開き!!」 「へえ、もののけも海水浴するのね」 「海開き!!」 アナウンスを聞いたペロは慌てて窓の方に駆け寄った。 「ペロ?」 「何? 何? どうしたの、ペロ?」 「しっ、海が開く!!」 「え?」 ペロ同様窓の外の海に視線を向けたルイズの見たものは……、 ――ゴゴゴゴ…… 突然海中に開いた穴に海水が落ち込み、 ――ゴオオオ…… 突然現れた崖の上から水が滝となって落ちてくる光景だった。 「す……ごい! 何これーっ!?」 「海開き!!」 「海開きの日は冬の海の水と夏の海の水が入れ替わるんだよ」 そこにやってきたキリがルイズにこの現象について説明する。 「あっ、キリ! 凄い凄い凄い!」 「海開き、海開き」 「でも冬の海と一緒に吸い込まれたらどうなるのかしら?」 「吸い込まれても冬になったら戻ってこれるから大丈夫だよ」 「えーっ、それあんまり大丈夫じゃないわよー!」 「あ、終わったね。ほら、夏の海だよ」 海水交換現象が治まった後には入道雲の空と常夏の海が広がっていた。 「も……、もののけの世界、すごーっ!!」 「あっ、ルイズ、そろそろ支度して行かないと遅刻しちゃう」 「いけない、ろくろ首先生に怒られるっ!」 「待って待って、私水着なんて持ってないわよ」 「んー、私の貸してあげたいけど、しっぽの穴が開いてるんだよね……」 「それはちょっと……」 それにはルイズも流石に赤面して断る。 「んー、あたしの貸してあげたいけど、ルイズの乳が小さすぎるんだな……」 「なっ……、大丈夫よ着れるわよ貸してよっ!!」 「ペロの子供の時のだったら大丈夫よ」 「わーっ、キリまで!?」 海岸には多種多様な妖怪の生徒達が集まって、思い思いに楽しんでいた。 「うわあ~、もののけのグラビアアイドル大集合って感じね」 「よし、ルイズっ、今だ! ポロリ! ポロリ!!」 「嫌よ!」 「ルイズー、こっちこっち」 「わーい、キリー」 手を振るキリにやはり手を振って返したルイズだったが……。 「………!!」 「ちょっ、ルイズ、出てる出てる!」 「えっ、何!! あっ、もしかして恥ずかしい毛!? やだーっ!」 「……そうじゃなくて、おへそ……!」 「へ……?」 「あああああっ!!」 解説しよう! もののけには生まれつきおへそが無いので、もののけのふりをしているルイズはおへそを隠さなくてはいけないのだ!! 「どどどどどど、どうしようっ!? そうよ、これ引っ張ったら隠れるかも!?」 そう言うとルイズはおもむろに水着の下部分を引っ張り上げ始める。 「え? ルイズ?」 「ふぬぬぬ……」 「ちょっ、ルイズ?」 「ぬぬぬぬぬーん」 「待って待って!」 キリの静止も聞かずルイズは水着を引っ張り続け……、 ――ブッチーン! 『あ』 ……水着の下半分を引きちぎってしまった。 「いやあああ!」 「あああああ」 絶叫するルイズを慌てて止めたキリだったが時既に遅く、 「どうしたの、大丈夫?」 「何かあったー?」 絶叫を聞きつけた2人の生徒達がルイズの方に来てしまった。 その気配を察したキリはルイズに、 「ルイズ」 「わっ、キリ、何……っ?」 「大丈夫ー、何でもないよ」 そう言いつつ2人の前に姿を見せたキリは股間を2本のしっぽで隠していた。 「ならいいけど……ってちょっとキリ! あんた水着の下は!?」 「あははは、忘れてきちゃった」 「えー、馬鹿じゃん! タオル貸そっか?」 そのキリの水着の下は、3人の様子を岩陰から覗いていたルイズの下半身に収まっていた。 (キリ……、あたしのために……) そこに2人をやり過ごしたキリが戻ってくる。 「ルイズ、もう行ったよ。危なかったね」 「キリ、ごめんなさいっ! あたしのせいで! これ返すから!」 「いいからいいから。そのまま穿いてて。私はルイズの可愛いお尻誰にも見せたくないの」 「……キリ……」 キリの優しい言葉に赤面するルイズだったが、ペロの指摘が雰囲気をぶち壊す。 「尻は隠せてもへそ丸出しだけど」 「……あ」 「ああっ!」 しかし2人に根本的な問題が何も解決していない事に気付かせたわけで、 「そうよ、これ引っ張ったら隠れるかも!」 「え? ルイズ?」 「ふぬぬぬぬーんっ!」 「待って待って待って!」 ルイズが同じ過ちを繰り返そうとしている事に気付いたキリが止めるものの……、 ――ブッチーン! 『あ』 ……再び水着の下半分を引きちぎってしまった。 zro orz orz 「そうだ、ルイズ! 貝の水着がいいと思う!」 「凄いじゃない、ペロ! 名案だわ!」 (私は不安……) ペロの突拍子も無い意見にルイズは賛同したが、キリはあさっての方向を向いていた。 「ルイズ、いい貝発見!」 「グッジョブ、ペロ!」 ペロが差し出したサザエの水着を着たルイズだったが、アレな部分こそ隠せているものの肝心のへそが露出したままだった。 「うーん、ちょっと貝が小さかったか……。こっちにしよう」 そう言ってペロが差し出した貝は大きくそり返った太い物で、どう考えてもルイズ達には無い物を収納するのに向いている形状だった。 「いや、大きさじゃなくて種類違うじゃないっ! っていうかそれ貝じゃないし! 角だし!」 ルイズは水着に適した貝を求め海岸を走る。 「もう! 貝の水着って言ったら普通は……」 そこで1つの巨大二枚貝に目を向ける。 「こういう貝で……」 「ヴィーナス!」 開けた貝の上に立ちワカメで下腹部を隠しつつ絶叫するルイズ。 「ルイズ、それ水着じゃない」 「えっ、だってこんな貝あったらやるでしょ、ヴィーナス」 そしてそんな2人の様子を聞きつけた生徒達がそちらに向かい、 「ヴィーナス!」 「ヴィーナス!」 とルイズを真似て大騒ぎしている生徒達を尻目に、 「……タオル取ってこよ」 とそそくさその場を後にするキリであった。 前ページ次ページときめき☆ぜろのけ女学園
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そんなこんなで教室にやってきたルイズと暁。 二人が入ると生徒達の視線が一斉に集まる。 バカにしたような目で見られ、笑い声が聞こえてくる。 ルイズはそれらを無視して席に着く。 キュルケ一人だけは暁に手を振ってくる。 暁はそれに答え、にやけ顔で手を振り返す。 それを見たルイズは無言のまま暁の足を踏みつけた。 悶絶する暁にルイズは 「アンタは座っちゃダメ」 と一言だけ告げ、すぐに前を向く。 本来なら抗議のひとつでもしたいところだがルイズがとても怖いので仕方なく教室の後ろに行く。 しばらくすると教室に優しそうな中年女性が入ってきた。 教師のミセス・シュヴルーズである。 「みなさん、春の使い魔召喚の儀式は成功のようですね。」 シュヴルーズはそう言いながら使い魔たちを見回す。 すると教室の後ろの暁に目が止まる。 「おやミス・ヴァリエール、ずいぶん変わった使い魔を呼び出したようですね」 その言葉に教室が笑い声に包まれる。 暁は自分を人気者だと勘違いしたのか、頭をかきながら笑顔でみんなに愛想を振りまく。 それを見たルイズは顔が真っ赤になるのを自覚した。 あのバカ、また調子に乗って! 昼食も抜きにしてやろうかしら。 そんな暁へのお仕置きを考えていると 「それでは授業を始めます」 シュヴルーズの声でルイズは考えるのをやめ、授業に集中した。 授業の内容は魔法の基礎知識だ。 火、水、土、風の四大要素や失われた虚無のことなど わかりやすく説明している。 そんな授業を聞きつつ暁は寝ていた。 壁にもたれ、座り込みながら熟睡している。 最初は魔法の授業なんておもしろそうだと好奇心に満ちた暁だったが 開始5秒で夢の世界に入ってしまった。のび太君並である。 ふと自分の使い魔の方を見たルイズは慌てて起こそうとする。 「アンタなに寝てんのよ、起きなさい」 シュヴルーズに聞こえないように、なるべく小さな声で暁に呼びかけた。 が、そんなもので暁は起きるはずも無く 「長官ー!」 「誰に物を言っている」 だのよくわからない寝言をぼやいている。 「ミス・ヴァリエール!後ろを向いて何をブツブツ言っているのです!」 「す、すみません…」 シュヴルーズに注意され、教室のみんなに笑われたルイズは暁へ怒りを向ける。 絶対後でお仕置きしてやるんだから! しかしシュヴルーズはさらに言葉を続ける。 「それではこの錬金はミス・ヴァリエール、貴方にやってもらいましょうか」 笑い声に包まれていた教室は水を打ったように静かになり、生徒たちの顔色が青くなる。 「あのー、ルイズはやめたほうがいいと思います」 一人の生徒が提案するがシュヴルーズは却下する。 「何を言っているのですか。さ、ミス・ヴァリエール、気にせずやってみましょう」 「は、はい」 力なく返事をするルイズ。 生徒たちは半ば諦めて机の下に隠れ、その使い魔も物陰に身を隠す。 居眠りをしてる暁を除いて。 女は度胸。 こうなったら一か八かよ! ルイズは決意を固めて杖を振るう。 その瞬間ゼロのルイズの代名詞ともいえる爆発が起こった。 「なんだぁ!」 突然の爆発音に暁は目を覚ます。 周りは舞い上がった埃でよく見えない。 「一体何が…」 その後の台詞を暁は喋ることができなかった。 爆発で飛び散った破片の一つが暁の頭に直撃したのだ。 「ギャー!」 暁は叫び声を上げつつ本日二度目の居眠りに入った。 大破した教室にはルイズと暁の二人だけだった。 授業は中止になり、罰として後片付けをしている。 「何で俺まで掃除しなきゃなんないワケ?俺のせいじゃないじゃん」 痛い頭を擦りつつ暁は不満を口にして瓦礫を片付けている。 「うるさいわね、使い魔なんだから手伝いなさいよ」 ルイズは机を拭きながら暁に答える。 「魔法失敗したんだって?キュルケちゃんから聞いたよ」 どうやら暁にはバレていたようだ。 もう隠してもしょうがないだろう、ルイズは認めた。 「そうよ、おかしい?魔法も使えない貴族なんて」 暁の性格からしてからかったりするのだろう、そうルイズは予想したが 「ん?別に。誰でも失敗はするでしょ」 意外にもバカにしたような答えは返ってこなかった。 しかしルイズは落ち込んでいる。 暁は失敗をたまたまと思っているかもしれないからだ。 ルイズはすべてを話す。 「違うわ、私はいままで魔法の成功は一度も無いの。魔法の成功ゼロだから ついたあだ名がゼロのルイズ。だからいつもみんなにバカにされて…」 自分で言っていて悲しくなってきた。 こいつも私のことを軽蔑するのかな そんなことを考えていた。 「気にすんなって、そんなこと。いつか使えるようになるさ」 暁はルイズをバカにしたりはしなかった。 女の子が落ち込んでいたら必ず励ます。そんなの暁にとっては基本だ。 しかし今のルイズにそんな言葉は効果が無い。 「いつかっていつよ!気休めはやめて!私だっていつかは使えると思ってた。 勉強もいっぱいしたし、魔法だっていっぱい唱えたわ。でも出来ないのよ! 魔法が使えない貴族なんて何の意味があるの?お姉さまたちもクラスメイトもみんな使えるのにどうして私だけ。 それにアンタみたいなただの平民を…」 自分に対する苛立ち、不満を一気に吐き出したルイズは肩で息をするほど興奮している。 そんなルイズの傍に暁は寄る。 そして同じ目線まで腰を落とし語りかける。 「だからさ、焦ることないって。今まで頑張ってきたんだろ。もうちょっとのんびりいこうよ。」 「のんびりなんて出来ないわ」 ルイズはまだ沈んだままだ。 バカにされたくないのもあるが貴族としての自分のプライドもある。 暁はうーんと唸って、ルイズに提案した。 「じゃあさ、こう考えない?明日は使えるかもしれないって」 「明日?」 「そ。それなら毎日が楽しみになるじゃん。一度しかない人生なんだからさ、気楽にいこうよ。ふんわかふんわか、ね」 「何よ、ふんわかって」 聞き慣れない変な言葉にルイズは少し表情が緩む。 その瞬間を見逃さず暁は続ける。 「それとさ、魔法使えるようになったら俺に一番に見せてよ」 「アンタに?」 「うん、俺使い魔なんだから当然の権利でしょ。でもルイズの初めての魔法ってどんなのかな。 石をバナナパフェに変えるとかだったらいいよなー」 「そんな変な魔法あるわけないでしょ!」 暁にすかさずツッコミを入れるルイズにはちょっとだけ笑顔が浮かんでいた。 やっぱ女の子には笑顔が一番だな その後、ルイズと暁は初めての魔法をあーでもないこーでもないと言い合いながら掃除を済ませ 昼食に向かうのだった 「そういえばアキラ、朝食のときドコに行ってたのよ?」 「あ…あー、まあそれはいいじゃないの。ね」
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前ページ次ページデュープリズムゼロ 第三十四話『戦う理由』 「ねぇ…まだ食べちゃ駄目なの~?早かろうが遅かろうが結局はあたしの胃袋に入るのは変わらないじゃん…」 ミントは目の前に並ぶ豪華な料理を前にうんざりとした様子でルイズに問う。 「我慢なさい…それともあんた、あのお母様のお叱りをまた受けたいの?」 ルイズも又小声でミントにそう注意をするとチラリと母カリーヌを見やった…厳しい視線はバッチリとミントを捕らえている。 その様子に同じく厳しい視線を送るのはミントをまだ唯の異国のメイジとしか認識していないエレオノールで柔らかくニコニコと見つめるのは一つ下の姉カトレア。 ミントがルイズの実家を訪れて既に一夜が明け、ミントは朝食を摂る為に既に豪華な料理が並んだダイニングルームに招かれルイズと並んで席へと着いている。と、扉が開かれ一人の男性が堂々とした態度で現れた。 端正な髭を蓄え、モノクルを付けたまさに上流貴族、公爵としての威厳に満ちた風格。 ミントは一目でその男性がルイズの父ヴァリエール公爵である事を理解した。 「おぉ、久しぶりだねルイズよ。」 「お久しぶりですわ、お父様。」 何故ならルイズの姿をその目にした瞬間、公爵はその威厳が吹き飛ぶ程にデレデレと頬を緩めたからだ。 「さて…」 キリッと音を立て、公爵の鋭い視線が蘇りミントの姿を値踏みする様に見つめる。それを受けてミントも腰掛けていた椅子から立ち上がると公爵へと澄ました笑顔を向けた。 「初めまして、公爵さん。アンからはどういう風に聞いてるかは知らないけどあたしがミントよ。一応ルイズに召喚された使い魔のね。東方のメイジって事になってるわ。」 「あぁ、初めまして、ミス・ミント。君の事は陛下からは既に三度のトリステインの危機を内々に救った『救国の英雄』でありルイズと共に『大切な親友』だと聞いているよ。 一応ルイズの使い魔と言う事からヴァリエール家預かりの国賓として扱って欲しいとは伺っている。君には迷惑を掛ける形にはなるがこれからも陛下とルイズを頼む。」 「えぇそのつもりよ。一応帰る方法の目処が付くまではね。」 公爵はミントの堂々としたその物言いにアンとマザリーニから聞いて以来半信半疑であったミントが王族であるという話に真実味を感じ取っていた。 「待たせてすまなかった、それでは食事にしよう。」 厳かな雰囲気での食事が一段落付いた頃、唐突に口を開いたのはヴァリエール公爵だった。 「ルイズ、学園での生活はどうだ?」 極普通にありふれた質問、しかしそれは子を持つ親としては当然の心配であった。 「はい、相変わらず系統魔法に関しては失敗続きですが貴族としての何たるかはミントと共に学園で精一杯学ばせて貰っております。」 ルイズはナプキンで口元をそっと拭いながら父親の問い掛けに当たり障り無く答える。内心嘘を吐く事の後ろめたさと自分の系統が伝説の虚無である事を声を大にして自慢したかったがそれは出来ないのでグッと堪える。 「なーにが貴族としての何たるかを学んでるよ…ついこないだ覚えたのは皿の洗い方でしょうが…」 そんなルイズの内心を知らずミントは隣に座っているルイズにしか聞こえない程の声で意地悪く呟いてクククと笑う。ルイズは引き攣った微笑みは崩さない… 「ふむ、そうか…陛下はお前を高く評価していたがお前のそう言った所を評価して下さっていたのだな…しかしそんな陛下を唆しおって…全くあの鳥の骨め。」 ヴァリエール公爵が苛立たしげに口にしたのはマザリーニ枢機卿の所謂詐称であった。 「何かありまして?」 「先日、ゲルマニアとの共同でのアルビオンへの侵攻が決行される事が正式に決まったのだ。まだ年若い陛下をあの鳥の骨が唆したに決まっておる!!そもそもアルビオンを屈服させるのにこちらから攻め入る必要など無いのだ。 包囲線を密にしいてしまえば浮遊大陸であるアルビオンは直に音を上げるはずだ。今開戦しては兵力も国財をも悪戯に消耗するだけなのだ。」 ヴァリエール公爵はトリステイン国内でも良識ある貴族であるし国境を守り受ける立場にある、故に戦においては必勝を得る為に慎重な意見を持つ。それは決して悪い事では無い。 それでも… 「お父様は開戦には反対なのですか?」 ルイズの意外な問い掛けに一瞬公爵は目を丸くする。 「当然だ、わざわざ攻め入らんでも戦は幾らでもやりようがある。…………ルイズ、お前はまさか戦場に行きたいなどとは考えておるまいな?」 「…私は姫様に忠誠を誓いました。故に姫様が戦場に赴かれるならば共に行きます。」 公爵の言葉にルイズはそうはっきりと答える。予てより既にアンリエッタと共に闘いに赴く事はルイズは心に誓っているのだから… これがルイズにとっての父親への初めての明確な反抗だった… 「駄目よっ!!戦場なんて男の行く所よ、魔法も使えない貴女が戦場に行って何になるというの?」 「ルイズ…私も貴女の意思を尊重したいけどやっぱり心配よ…」 二人の姉からも同様に厳しくと優しくとそれぞれルイズを心配する声が上がる… そして母カリーヌはじっと厳しい視線でルイズを見つめ続けた。 「…ミス・ミント貴女もルイズが戦場に向かおうとしている事を止めないのですか?使い魔であるならば当然貴女もルイズと共に行く事になると思いますが?」 そして以外にもカリーヌが次に声をかけたのはこれまで我関せずといった様子をとっていたミントであった。 当然突然ミントにお鉢が回ってきた事で全員の視線がミントに集中する。 「ミント…」 ミントならば自分を肯定してくれる…そう思うと同時にルイズの脳裏には不安がよぎる。 「そうね…あたしも今アルビオンに攻め入るのは正直どうかと思うわ。」 「ほう?」 「あたしなら…そうね、ここから三年よ。三年あればゲルマニアとの同盟を利用した軍事改革で一気にトリステインの戦力を5倍…いいえ、10倍には出来るわ。勿論やるからにはアルビオンの連中は徹底的にボコボコよ。」 「「……………………」」 軽い調子で語られるミントの馬鹿げた構想にダイニングルームからは一瞬言葉が消え、ルイズは頭痛を抑える様に目頭を押さえて天を仰ぐ… それでもミントはそこで一度切り替えるかの様に表情を引き締めるとその視線をそのままヴァリエール夫妻へと向けた。 「…とは言っても、それはあくまで真っ当な戦争だったらの話よ。あたし達が本当にやっつけなきゃいけない奴は他にいるわ。それには残念だけどやっぱりアルビオンには今攻め込まないといけないと思うわ。 勿論あたしもルイズも前線で戦う訳じゃ無い、狙うのはこの戦争の裏でコソコソと卑怯な真似をしてる黒幕よ。」 ミントのその物言いに先程まで呆れていた夫妻が些かに興味を抱いたらしく崩れた姿勢を正す様に椅子に座り直し視線で続きを促すと静聴の姿勢をとった。 「あいつ等が水の精霊からちょろまかしたアンドバリの指輪を持ってる限りいつ誰がいきなり操られるか何て分かった物じゃないし、死人だって無理矢理操られて戦わされる事になるわ…あのウェールズみたいな事はもうあっちゃいけないの。 あんなふざけた悪趣味な真似をしてくる様な奴らを野放しに出来る?あたしには無理よ。だからアンも戦うって決めたんだろうし、ルイズだってそうでしょ? ルイズやアンが行くからじゃない、まして他の誰かの為なんかじゃ無い、結局あたし達はあいつ等のやり方が気に入らないから自分の意思で戦うのよ。」 「むぅ……アンドバリの指輪とな…」 公爵の表情が一気に曇る。先日のウェールズによるアンリエッタ誘拐未遂事件の顛末は聞いていたが成る程確かにミントの話を信じるとしてアレの存在を失念してはどの様な策も内から崩されるだろう。 「お父様…」 ルイズの思いを勇ましく代弁してくれたミントと同じように、ルイズは決意の籠もった視線を父に向ける。 しかし公爵はしばし唸る様に思案を続けた後に頭を大きく横に振ったのだった。 「ならんっ!!ルイズよ確かにアンドバリの指輪は驚異だ。ならばこそそれを鑑みた戦を我々が考え、トリステインを守るのが務め。 思う所もあるであろう…しかし!!わざわざお前達が進んで危険に飛び込む必要は何処にも無い。 ルイズ、お前はあのワルドの件で少しばかり荒れているのだ…戦が終わるまで屋敷に残れ、そして良い機会だ。婿を取れ、そうなれば自然と落ち着きもするだろう。」 「お父様っ!?」 「この話は以上だ!!わしはお前が戦に向かうのを何があろうと許す気は無い!!」 にべも無く強い口調で言い切って公爵は足早にダイニングから退室していく。ルイズは横暴とも言える父の態度に尚も抗議の声を上げたが二人の姉からそれぞれ嗜める声を受けて結局顔を伏せてしまった。 (…全く…) ミントもヴァリエール公爵の去って行く背を冷ややかに見送る。ルイズもそうだがその父親も不器用極まりないものだ…娘が心配なのは解るがあれを自分の親父がやったらと思うと段々と腹が立ってくる。 結局朝食はそのままお開きになり、ルイズは沈み込んだ気持ちのまま屋敷の自室で無為に一日の時間を過ごし、ミントは殆どその日一日カトレアにせがまれて身体の弱い彼女の話し相手になってやっていた。 自分の見聞きした話、学園でのルイズの話を面白おかしく語り、カトレアからは幼かった頃のルイズの話を聞く。 ついでにお世辞にも良好とは言えない自分のクソ生意気な妹マヤの事を語った際にはカトレアは「それはあなたに良く似てとても素敵な妹さんね。」等と随分的外れな事を言っていた。 ベッドの上から儚げな微笑むカトレアは髪の色と言い、纏っている天然でふんわりとした雰囲気と言い何となくだがエレナに良く似ているなとミントは感じた。 (親父やマヤ…ルウにクラウスさん達元気にしてるかな?………………ベル達やロッドは間違いなく元気ね…) ___ ヴァリエール邸 深夜 「起きなさい…起きなさいルイズ。…ったく、いい加減起きろ、このッ!!」 「ゲフッ!!」 双月が天上に輝く深夜、突然に自室で寝ていた所をミントに無理矢理に叩き起こされたルイズがベッドから蹴落とされた状態からノロノロと立ち上がり、寝ぼけ眼でミントを睨む。 「何なのよミント…こんな時間に人を叩き起こして…」 そう不平を言うルイズだったがそれも当然だろう。しかし、ミントは腰に手を当てたまま呆れた様にルイズを見下ろしたままだった。 「今からここを出て魔法学園に帰るわよ。シエスタにはもう昼間の内にあたしがこっそり用意した馬の所で待たせてるから、あんたも早く出発準備済ませてよね。」 「はい?」 何が何だか解らないと言いたいルイズを尻目にミントがルイズの荷物をさっさと鞄へと詰め始める… 「このままじゃあたし達マジでここに軟禁されるわよ。要するに家出よ。それとも何?あんたここに残って誰とも知らない男と結婚する?何もしないまま。」 「そんなの嫌よ!!」 ここでようやく起き抜けのルイズの思考の靄も晴れてくる…意地悪く言いながらミントはいつの間にか自分の出発準備を整えてくれていた。 ミントに放り投げる様に渡された自分の制服と杖が「ボスッ」と音を立ててルイズの手の内に収まる… 「そう、だったらさっさと行くわよ。」 言ってミントはルイズの返答に対して満足そうに笑った… ____ ヴァリエール邸 大正門 ルイズとミントはこっそりと屋敷を脱して何とか三頭の馬を連れたシエスタと合流を果たした。 道中何名もの遭遇するであろうヴァリエール家の衛士達についてはどうするのかというルイズシエスタ両名の疑問にミントは「眠っててもらうわ。」 と答えていたが結局正門前までそれらしき人物には遭遇する事も無く辿り着いてしまった。 「これは幾ら何でもおかしいわ…ここにはいつだって見張りの人間が居るはずよ。それなのに誰もいないだなんて…」 「でもお陰で誰も傷付けずに済んで良かったじゃないですか~。」 首を捻るルイズに対してシエスタは心底安心した様な表情を浮かべる…幾らミントとルイズの為とはいえヴァリエール家の人間に危害を加えるなど考えただけでも恐ろしい話だからだ。 「……残念ながら、そうでも無いみたいよ…」 「えっ?」 と、ミントは風に流された雲の隙間から覗く月明かりに照らされた暗がりの正門の向こうに立ちふさがる一人の人影を発見して手綱をグイと引くと馬の足を止めさせた。それにならってシエスタとルイズも己の馬の足を止める。 「恐らくはこの様な事だろうと思いました…見張りの者達は今晩は引き上げさせています……彼等ではいざという時に邪魔にしかなりませんからね。」 その静かな物言い、聞き慣れた声ににルイズの心臓はまるで鷲掴みにでもされているかの様な錯覚を覚え、顔中から脂汗が吹き出しそうになる… 「か…母様…」 そして、思わずミントの背中にも冷や汗が伝う…それほどの威圧感が目の前に立ちはだかる人物からは放たれていた。 「己の意思を貫くは尊き事…ですがそれには伴った力が必要なのです。貴女達が行く道は厳しき茨の道、それを思えばこの『烈風』という障害程度…見事乗り越えてみせなさい。」 『烈風』といえば生きた伝説のメイジ、一度その名が戦場に響けば敵は恐れおののき竦み上がり、味方は高揚するどころか巻き添えを恐れてその場から撤退を始めるという… その正体はルイズの母親カリーヌ・デジレであり、引退したとはいえ未だハルケギニア全土でも並ぶ者のいない無双の勇士。それを己を程度と評し今ミント達の前に立っている… 烈風が杖を振るい、風が夜を裂く様に踊る… ミントはいつの間にかすっかり乾いていた自分の唇をペロリと舐めるとデュアルハーロウを構えて馬から飛び降り、背に背負ったデルフリンガーの鯉口を切る… 「起きなさいデルフ、あんたの出番よ。」 「…起きてるよ、相棒。あんだけやばい相手を前にして寝てられるかよ。」 そうして遂に鉄仮面で口元を隠しているルイズの母親と対峙するのだった… 「…上等よ…………出し抜いてやろうじゃない…」 前ページ次ページデュープリズムゼロ
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前ページゼロの答え 深夜の中庭。二つの月が照らす中、デュフォーとそれを見つめるルイズとキュルケ、そして自らの使い魔に乗って上からそれを見るタバサの姿がそこにあった。 あの後、中庭に出たところキュルケとタバサも来て何をしているのかルイズに追求してきた。 そしてとうとう根負けしたルイズが事情を話し、キュルケとタバサは半ば押しかけ気味に見届け人として参加すると言ってきたのだ。 デュフォーは我関せずと他人事のようにそれを静観していた。 最初はまったく興味なさそうだったタバサだったが、"ガンダールヴ"という言葉を聞くと積極的に参加の意を示してきた。 「あそこの壁を傷つければいいんだな」 そういうとデュフォーは本塔の壁を指差した。 「ええ、そうよ。あんたが本当に"ガンダールヴ"ならそのくらい楽勝でしょ?」 腕組みをしてルイズが答える。 本塔の壁にどれだけの傷を付けられるか?それがルイズたちの出したデュフォーが本当に"ガンダールヴ"なのかどうかを知るためのテストであった。 本塔の壁は非常に頑丈にできている。その上、指定した場所は地面からかなりの高さである。 普通の人間ならとてもではないが手出しできないような位置を指定していた。 仮に本当に"ガンダールヴ"だとしても地面からそれだけ高さのある場所なら、多少の傷しかつけられないとはタバサの弁であった。 タバサがウィンドドラゴンに乗っているのは、指定した場所が場所であるので、宙に浮いて見ないと正しく判別できないだろうとのことからである。 デュフォーはルイズたちの指定した場所の後ろが宝物庫だと知っていたが何も言わなかった。 どうでもいいことだからである。 ルイズが合図をすると同時に、デュフォーの左手のルーンが光り輝いた。 そしてデルフを持って振りかぶり、投げる。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「「「「「えっ!?」」」」」 デルフから伸びる悲鳴と、五つの驚きの声が夜の中庭に響いた。 ルイズたち三人以外の声の内、一つは植え込みの中、もう一つはタバサの方から聞こえたのだが、叫んだ当人たちは誰もそのことに気が付かなかった。 そしてデュフォーはそのことに気づいてはいたものの、最初からそこに人がいたり、タバサの使い魔は風韻竜で喋れるということを知っていたので特に反応はしない。 (タバサは自分の使い魔が喋ったことには気が付いていたので、杖で軽く頭を叩いた) 悲鳴をなびかせながら、デルフは見事に根元まで、本塔の壁に突き刺さった。 ルイズたちが指定した場所に寸分の狂いも無く埋まっている。 「これでいいんだろ?」 ごくり、とその場にいた全員が息を呑んだ。 一瞬間を空けて、フーケは我に返るとすぐさま詠唱を始めた。目の前で起きた光景は信じられないが、チャンスであることには違いは無い。 長い詠唱であったが、その場にいたデュフォー除く全員が壁に突き刺さった剣に目を奪われていたので完成まで誰にも邪魔をされることは無かった。 デュフォーは別にどうでもいいといった感じでフーケを邪魔することも無く、ルイズたちが剣を見るのを眺めていた。 巨大なゴーレムが現れるとデュフォーはとりあえず近くにいるキュルケとルイズの肩を叩いた。 「「きゃっ!?」」 突然の刺激に驚いたのか二人が身を竦める。 「な、何するのよ!」 「ダーリンったら。触りたいなら前もって言ってくれれば」 まるで別々のことを言ってくる二人だったが、二人とも同じようにデュフォーに無視された。 あれを見ろ、デュフォーはそう言ってルイズたちの後ろを指差すと小石を拾ってタバサに軽く投げる。 こつんと頭に当たり、惚けたような表情で剣を見ていたタバサが我に返る。 そして石が飛んできた方向を見て、固まった。ルイズとキュルケも同様にデュフォーが指差した方向を見て固まっていた。 土でできた巨大なゴーレムがそこに居た。 いち早く硬直が解けたキュルケが悲鳴を上げて逃げ出す。 タバサがウィンドドラゴンでキュルケを拾った。 ゴーレムはデュフォーたちのいる場所。本塔の方へと向かっているため、キュルケのようにその場を離れなければウィンドドラゴンで拾うことは難しい。 だがルイズは逃げようとしない。それどころかゴーレムに向けて呪文を唱える。 巨大な土ゴーレムの表面で爆発が起こる。"ファイヤーボール"を唱えようとして失敗していつもの爆発が起こったのだろう。 当然ゴーレムには通じない。表面がいくらか爆発でこぼれただけだ。 それから何度もルイズは呪文を唱えた。そのたびに爆発が起こる。だがゴーレムはびくともしない、爆発のたびに僅かに土がこぼれるが、それだけだ。 「逃げないのか?」 冷静な声で隣に居るデュフォーがルイズに訊ねた。 ゴーレムはもうすぐ近くまで来ている。 「いやよ!学院にあんなゴーレムで乗り込んでくる奴なのよ。そんな奴を捕まえれば、誰ももう、わたしをゼロのルイズだなんて……」 真剣な目でルイズが言いかけた言葉をデュフォーは遮った。 「お前、頭が悪いな。あいつを捕まえようがお前がゼロのルイズと呼ばれることに関係はないだろう」 息が詰まる。怒りで目の前が真っ赤になった。許せない。ただその言葉だけがルイズの頭の中に浮かんだ。 「ふふふふ、ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 その叫びに、ゴーレムも驚いたのか動きが止まる。 「ななな、なんでわたしがゴーレムを捕まえても関係ないってあんたにわかるのよ!」 怒りのあまり呂律の回らなくなった口調で叫び、ルイズがデュフォーに掴みかかる。 「お前がゼロと呼ばれているのは魔法が使えないからだろう?例えこいつを捕まえようがお前が魔法を使えないことに変わりはない」 まったく熱を感じさせない声でデュフォーがルイズに告げる。 「だから逃げろって?こいつを倒しても扱いは変わらないから。……はっ、冗談じゃないわ!」 ルイズは短く吐き捨てるとこう叫んだ。 「敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ!たとえゼロのルイズと呼ばれるのが変わらなくてもわたしは決して逃げないわ!」 再び動き始めたゴーレムがルイズを踏み潰そうと足を振り下ろした。 その足に対してルイズが杖を振る。爆発が起こり、土がこぼれた。まったく変わらないゴーレムの足がルイズへと迫る。 ルイズの視界がゴーレムの足で埋め尽くされる。そこで横から引っ張られた。 地面に投げ出され、尻餅をつく。横を見上げるとそこにデュフォーが立っていた。ギリギリのところでデュフォーが踏み潰される前にルイズを助けたのだ。 ゴーレムの方はルイズを踏み潰したと思ったのか、それとも興味をなくしたのかその場で止まった。 そして腕を引くと、本塔の壁。それも壁に突き立っているデルフを殴り飛ばした。当たる瞬間にフーケの魔法により、ゴーレムの拳が鉄に変わる。 デルフを楔として、本塔の壁に亀裂が走る。一瞬の沈黙の後、壁が崩れた。 ゴーレムの肩からフーケが降りると壁の中へと入っていく。壁の後ろにあるのは宝物庫。フーケの狙いはその中にある破壊の杖だった。 助けられたことで張り詰めていた糸が切れたのか、ゴーレムが壁を破壊していくのを見上げながら、ルイズの目から涙がこぼれた。 自分の力が通じない悔しさにルイズは泣きながら拳を握りしめる。 そんなルイズに対してデュフォーが声をかけた。 「お前、頭が悪いな。逃げないのは構わないが無駄なことをして何がやりたいんだ?」 思いやりのまったくない言葉に更に涙が溢れる。 「だって、悔しくて……わたし……いっつも馬鹿にされて……だから見返したくて……」 嗚咽で途切れ途切れに言葉を紡ぐルイズ。 そんなルイズをデュフォーは一刀両断で切り捨てる。 「お前は本当に頭が悪いな。見返したいのなら、何故無駄なことをする?」 ナイフのようにデュフォーの言葉はルイズを切りつける。 泣きながらルイズはそれに反論した。 「わかってる……わかってるわよ、わたしじゃどうしようもないことくらい……でも、じゃあどうしろってのよ!」 その言葉に対する返事はすぐにデュフォーから返ってきた。 「オレが指示を出す」 ルイズは顔を上げた。 今聞いた言葉が信じられなかったからだ。 「どうやったらあいつを倒せるのか?その『答え』が欲しいんだろ?」 普段と変わらない冷静な表情でデュフォーはルイズにそう告げた。 「―――え?」 目に涙を浮かべたまま、告げられた言葉の真偽を確かめるかのようにルイズはデュフォーを見つめる。 いつもと変わらない表情。嘘でも慰めでもなく、ただ単純に事実のみを伝えたという様子でデュフォーはルイズを見ていた。 「……本当に、あいつを倒せるの?」 おずおずとルイズがデュフォーにそう訊ねた。 まるで目の前の希望に縋り付いて裏切られるのが怖いという様子でデュフォーの提案に乗ることを躊躇している。 だがそれもデュフォーが口を開くまでだった。 「お前、頭が悪いな。『答え』が出せるから、『指示する』と言ったんだ」 ビキッという音があたかも実際にしたかのような勢いでルイズの顔に青筋が浮かぶ。 同時にデュフォーの提案に対して躊躇させていた気持ちは跡形も無く吹き飛んだ。 「やるわよっ!やってやるわ!」 それを聞くとデュフォーはルイズに向けてこんなことを言った。 「そうか。だったら今から奴を追う。そして術者に対して直接"ファイヤーボール"を唱えろ」 あまりといえばあまりに突飛な提案にルイズの目が丸くなる。 「ちょっ、ちょっとデュフォー!何で"ファイヤーボール"であのゴーレムが倒せるのよ?防がれて終わりでしょ!」 「何を言っている?お前が魔法を使えば爆発が起きるだろう。それでゴーレムを操っている術者を直接倒せばいいだけだ」 「んなっ!ははははは、初めからわたしが魔法を失敗することが決まってるみたいに言わないでよ!ひょっとしたら成功するかもしれないじゃない!」 しかしデュフォーはルイズの怒声を無視すると、ウィンドドラゴンに乗って上空を飛んでいるタバサへと声をかけた。 「何?」 タバサはデュフォーの近くまで来ると、自らの使い魔の上から降りて何の用なのか訊ねた。 ルイズが対して何やら騒いでいるのは互いに完全に無視している。 「今からあのゴーレムを倒しに行く、だからその風韻竜で後を追ってくれ」 告げられたゴーレムを倒すという言葉よりも、風韻竜という言葉に驚いてタバサは息を呑んだ。 そしてデュフォーに対して警戒の目を向ける。だがデュフォーはこちらもあっさり無視してまだ騒いでいるルイズに向き直った。 その様子にタバサはこの場でそのことについて言及することを諦めた。 幸いなことに今デュフォーが言った風韻竜という言葉を聞いていたのは恐らく自分しかいない。 キュルケは風韻竜の上にいるから、今の会話が聞こえていた可能性は低い。ルイズは騒いでいるからこれもまた今の言葉が聞こえていた可能性は低い。 だがこの場で下手に追求したら、近くにいるルイズと自らの使い魔の風韻竜―――シルフィードの上に乗っているキュルケにも聞かれるかもしれない。 そう判断するとタバサはシルフィードに戻った。 そして"レビテーション"でデュフォーたちをシルフィードの背に乗せる。 デュフォーたちが乗ったことを確認すると、指示通りゴーレムを追いかけ始めた。 「ねえタバサ、あなたさっきダーリンから何を言われたの?」 シルフィードでゴーレムを追い始めて間もなくして、キュルケはタバサにそんなことを訊ねた。 デュフォーとルイズはピリピリとした空気を発していて、とても声をかけられる雰囲気ではない。 正確にはルイズだけがそんな空気を発しているのだが、デュフォーは平然とした顔でその近くにいるため同様に声をかけられる雰囲気ではなくなっている。 そのため親友であり、今のところ何もしていないタバサに聞くことにしたのだ。 「今からゴーレムを倒すって」 タバサはそれに対して短く答える。 「あ、それで私たちにも手伝うようにってことかしら?でもあんなゴーレム相手にどうやって?」 その返答に対しキュルケが訝しげな表情を顔に浮かべた。 当然だろう、あんなゴーレムをどうやったら倒せるというのだ。 「違う。今からあのゴーレムを操っている術者を吹き飛ばすから、そうしたら捕まえろって言われた」 その言葉に対してキュルケは息を呑む。 「ちょっ、ちょっと本気!?どうやったらそんなことができるのよ。ここから魔法を撃ってもあのゴーレムが防いで終わりに決まっているじゃない!」 タバサは叫ぶキュルケに眉根を寄せた。 「わからない。でも……」 そう言うとタバサは首を後ろに向けてデュフォーたちを見る。 「彼はできないなんて微塵も思っていない」 ゴーレムと風韻竜では速度において圧倒的に差がある。 そのためフーケのゴーレムに追いつくまでにはさほど時間はかからない。 丁度城壁を越えたところで追いつき、その上空を旋回する。 それを確認するとデュフォーは隣にいるルイズに声をかけた。 「ルイズ。あそこだ」 その指の先にはフーケの姿があった。 「そろそろ詠唱を始めろ。このままの位置を保ち、奴を吹き飛ばす」 その言葉にルイズが息を呑んだ。 そして意識を集中し、呪文を唱え始める―――が数秒もしないうちに詠唱は尻すぼみになり、途中で消えた。 「……やっぱり、無理よ」 消えてなくなりそうな声がルイズの口からこぼれた。 「何故だ?」 何を言ってるんだこいつは?という顔で聞き返すデュフォー。 「動いてる的に直接当てるなんて今までやったこと無いのよ!無理に決まってるわ!」 ヒステリックに叫ぶルイズ。 それに対してデュフォーは呆れたような顔をしてルイズに向けて言った。 「オレが言ったことはお前ができる範囲のことでしかない。不可能だというのなら、それはお前自身に問題がある」 ルイズは歯を食い締めた。自分に問題がある?そんなことは最初からわかっている。 「今更なに言ってるのよ!わたしに問題があるなんて最初からわかってるでしょ!」 その言葉にデュフォーはますます呆れたような表情になった。 「お前、頭が悪いな。オレが言っていることを理解できていない」 ルイズは顔を上げるとデュフォーを睨みつけ、そして叫んだ。 「なにが理解できてないっていうのよ!あんたなんかにわたしのことはわからないわ!」 その叫びを受けてもデュフォーは微動だにしなかった。何の感情も浮かび上がっていない瞳で睨みつけるルイズを見返す。先に目を逸らしたのはルイズだった。 デュフォーはそんなルイズに対して追い討ちのように言葉を投げつける。 「オレはお前の能力を理解した上で、できると言っている。できないと思い込むのはお前の自由だ。だがそれはお前自身ができないと思い込むことで、自分の能力を下げているからだ」 それはまったく温かみを感じさせない冷徹な言葉。 だがその言葉は不思議とルイズの中に染み渡る。 その言葉の重みは今ままでルイズが感じたことのある誰のものとも違った。 失望でも、期待でもない。ありのままの事実。ルイズに対してそれができて当たり前だからやれと要求するだけの言葉。 ルイズの胸の中で何かが溶けて消えた。代わりに熱いものが溢れる。 「もう一度聞く。あいつを倒すための『答え』が欲しいか?」 そして再び、デュフォーがルイズに訊ねた。 デュフォーの問いかけに対し、恐らくそれが最後の確認だとルイズは理解した。 ここで断ればきっとデュフォーはルイズにさせることを諦めるだろう。 だからルイズは答えた。今まで生きてきた中で培っていた勇気を全て振り絞り、ルイズはデュフォーに答える。 「……欲しい。わたしはあいつを倒すための『答え』が欲しい!」 気圧されることも無く、それを受けてデュフォーは一度頷いた。 聞き返しはしない。デュフォーからしてみれば最初からできるとわかっていたことに何故悩んでいたのかと不思議に思うだけだ。 だから後は互いにやるべきことをやるだけでしかない。 短くデュフォーが合図をする。 「今だ。詠唱を始めろ」 軽く頷き、ルイズはゴーレムの肩にいるフーケを見つめると深呼吸をした。 息を吸い、吐く。 呼吸を落ち着かせ、標的を見つめる。 さっきまで荒れ狂っていた心臓が、今は静かに鼓動を奏でているのがわかる。 自分と標的。世界に存在するのはその二つだけ。 集中する。一度限りの大博打。外せば次のチャンスはないと警告はされた。 詠唱を始める。かつてないほど集中しているのが自分でもわかる。外す気なんて欠片もしない。さっきまであれほど不安だったことが嘘みたいに感じる。 悔しいがあの使い魔の言っていることは全て正しいのだろう。 思いやりとかそういうものはまるでないが、それだけに事実が痛いほど突き刺さる。 だけどそのおかげでわかったことがある。 ただ悔しく思うだけじゃ何も変わらない。悔しいからって無謀なことをしても何も意味が無い。 そして劣等感から自分の能力を低く評価したら、ますます駄目になるだけだ。 まず自分にできることをしっかりと見つめる。その上で、できることをやる。 そうでなければ前には進まない。 たぶん今までの自分は無いものねだりをしていただけの子供だったのだろう。 そんな自分に対してできると断言したデュフォー。 信頼とか暖かい気持ちなんて微塵も感じない。ただ事実を告げただけという感じの言葉。 だけどそれだけに―――信じられる。 純粋に自分の能力を評価してくれているとわかるから。 思いやりや盲信からの過大評価も、蔑みからの過小評価もしない、ありのままの自分の能力を見てくれてると信じられるから。 だからわたしはあいつの言うことを信じる。 ありのままのわたしを見てくれる人間として、あいつを信じる。 ―――だからこれは絶対に成功する。失敗なんてするはずがない。 "ファイヤーボール"の詠唱が終わる。 瞬間、フーケの真横で爆発が起きた。 人形のように吹き飛ぶフーケ。 タバサが杖を振り、"レビテーション"をかけて落下するフーケをシルフィードの上に運ぶ。 術者が気を失ったためかゴーレムが崩れ土の塊へと戻る。 ルイズは安堵すると大きく息を吐いた。 やりとげたことを実感すると、途端に全身から力が抜けてその場に崩れ落ちる。 シルフィードから落ちないようデュフォーが襟を掴んだ。 「ぐえっ!」 襟が引っ張られ首が絞まる。 「何すん――」 文句を言おうとルイズは鬼のような形相でデュフォーを睨んだ。 が、いつもと変わらないその顔を見ると怒りは急速に萎んで何だか笑いがこみ上げてきた。 「ふ、ふふふ、あははは!」 キュルケが『凄いじゃない、ルイズ!』と褒めてきたが、それよりもデュフォーのよくやったなと褒めるでもないその態度が今は無性に嬉しかった。 そのまま学院に戻るまでルイズは笑い続けた。 前ページゼロの答え
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うまく寝付けない夜には、ルイズは使い魔のところにいく。 魔法学院の中庭には、ミスタ・コルベールが建ててくれた工房があり、ルイズの召喚した使い魔は毎日そこで作業をしているのだ。 寝巻きにマントを引っ掛けた格好で、ルイズはそっと階段を降り、中庭に出た。案の定、工房にはこうこうと明かりがついていた。 しゅ……しゅ……と、木に鉋をかける心地の良い音が聞こえてくる。ルイズはその音を聞きたくて、足しげく工房に通うのかもしれない。 ランプにぼんやりと照らし出されながら、ルイズの使い魔は作業をしていた。 入ってきたルイズに気がついて、使い魔が顔を上げた。 「……どうした。眠れねえのか」 「うん……ちょっとね」 「今夜は少し冷えるから、毛布でもかぶってな」 「……うん」 使い魔の差し出す毛布にルイズは包まった。使い魔の邪魔にならないように隅に腰を下ろし、ぼんやりとルイズは工房を見渡した。 大き目の掘っ立て小屋のような工房には、様々な木でできた部品が並べられている。ミスタ・コルベールが手伝って『錬金』で造った部品もたくさんあった。 溶接の作業には、最近すっかりルイズの使い魔と仲良くなったギーシュが担当しているようだった。 (……はじめは、決闘でワルキューレにぼこぼこに殴られていたのにね) くす、とルイズは微笑む。小型のオークのような外見に反して、使い魔はからっきし弱くて、ギーシュのゴーレムにまったく勝てなかった。 顔を二倍ぐらいに腫らした使い魔のために秘薬を探したのも、今となってはいい思い出である。 黒いメガネをかけたキザな使い魔。なるほど、どこかギーシュに似てるかもしれなかった。 (それにしても……) ルイズはあらためて使い魔の造っている『船』を見た。すらりとした船体はハルケギニアのそれとはずいぶん違っている。 火竜のブレスのように真っ赤に塗られているそれは、見れば見るほど奇妙だった。 何より、帆がない船なんてあるだろうか? 使い魔は、宝物庫で見つけた『えんじん』というのを使えば、必ず飛ぶと言うけれど。 ルイズは一息ついてタバコ(巻きタバコというらしい)を鼻からくゆらす使い魔に声をかける。 「ねえ、本当にこんな船が飛ぶの……? 風石も魔法もなしに浮かぶなんて、なんだか信じられないわ……」 「……俺の世界じゃ魔法がねえからな。みんなこうして造るのさ。前に……俺の戦闘艇を造ったのは、おまえさんと同い年の娘だったぜ、ルイズ」 「ふぅん……」 どんな子だろう、とルイズは毛布にあごを埋めた。自分と同い年でこんな船を造った娘がいる。 まだ自分は魔法一つ使えないのに。でも、使い魔の世界では魔法を使える人間はいないらしい。 「その娘もオークなの?」 何気なく聞いてみたのだが、使い魔は大きな口をあけて笑い出してしまった。なにやら見当違いのことを言ったらしい。ルイズの顔が赤くなる。 「はあっはっはっは……! フィ、フィオがオークだと……? はっはっはあ……! こりゃいい、フィオに聞かせてやりたいぜ……!」 「いいわよ……。何も笑わなくてもいいじゃない……」 すねるルイズに、使い魔はにやりと笑ってみせた。 「いいや……俺の世界でも人間は人間さ……魔法が使えない以外は全部こっちと同じだ。俺だけさ、魔法がかかってるのはな。 フィオは美人だ。おまえさんみたいにな、ルイズ」 「嘘ばっかり……」 使い魔が自分はオークではなく人間だというので、タバサに頼んで解除魔法をかけてもらったこともある。結果は変化なしだったが。 「人間の世界に飽きただけさ」と笑う使い魔は、どこまで本気かわからなかった。 今夜の仕事は終わりなのか、使い魔は道具をしまい、工房の窓を閉める。ルイズも毛布をかぶったまま立ち上がった。 使い魔は工房にベッドを作り、普段はそこで寝ているのだ。 工房を出るとき、ルイズは使い魔を振り返った。 「ねえ……その『飛行機』が完成したら、それで、本当に飛んだら……」 「飛ぶさ。飛ばねぇ豚はただの豚だ」 「……私も乗せてくれる? その『飛行機』に」 「もちろんだ」 使い魔はランプに手を伸ばした。火を吹き消そうとして、思いついたようにルイズを見つめた。 「だが……飛行機に乗せる前に、一つだけ約束だ、お嬢さん」 「なに……?」 「夜更かしはするな。睡眠不足はいい仕事の敵だ。それに美容にも悪いしな……。さ、もう寝てくれ」 「もう、また子供扱いして……」 「いいや、大人だからさ」 ルイズはぷっと頬を膨らませた。こういう仕草が子供っぽいのだと自分でも気がついているのだが。 使い魔は黒メガネを外し、ふっとランプを吹き消した。明かりが消える一瞬――使い魔の顔が、人間の顔に見えて、ルイズはごしごしと目をこする。 しかし、もう一度見てみると、そこにいるのは相変わらずの豚の顔なのであった。 「おやすみルイズ。いい夢をみな」 「……おやすみ、ポルコ」 ルイズはばたんと扉を閉めた。 おわり -「紅の豚」のポルコ・ロッソを召喚
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前ページ次ページSERVANT S CREED 0 ―Lost sequence― その夜……。 ルイズが部屋に戻ったのは日もとっぷりと暮れた夜だった。 オスマン氏との話を終えたルイズは、学院長室を出た後、そのままエツィオのいるであろう部屋に戻ることができなかった。 話をしてみろ、とオスマン氏に言われていたものの、エツィオの正体を知ってしまった今、どう話かけていいかわからなかったのだ。 中庭のベンチに腰掛け、どうエツィオに話を切り出すべきかと、あれこれ考えているうちにすっかり夜になってしまっていた。 結局、なんの考えも浮かばずに、仕方なくルイズは部屋に戻ることにしたのだった。 「おかえりルイズ、随分と遅かったじゃないか、もう寝る時間だぞ」 ルイズが部屋の扉を開けると、使い魔であるエツィオがにこやかに迎え入れてくれた。 違いといえば、いつも身につけている白のローブではなくシャツを着ているという所だけであろうか。 こうしてみると、どこにでもいる品のいい青年、と言った感じである。 今まで片づけていたのだろう、下着や食器が散乱していたはずの部屋は綺麗に片付いている。 それどころか、ベッドの上にはルイズの着替えまで置いてあった。帰ってきて早々この仕事っぷり、相変わらず気の利く男である。 久しぶりに見る、いつも通りの陽気なエツィオ。そんな彼を見ていると、本当にこいつはアサシンなのだろうか? と首を傾げたくなってくる。 「どうしたんだ? 悩み事か? なんなら相談に乗ってやるぞ」 「な、なんでもないわよ!」 そんな風にルイズが考えていると、エツィオが顔を覗きこんでくる。 相変わらずの、人をからかうような仕草にルイズは頬を僅かに赤くしながら怒鳴りつける。 ルイズはベッドに行くと、そこに置かれた着替えを手に取った。 エツィオの言うとおり、そろそろ寝る時間だ。随分長い間悩んでいたものだと考えながら、着替えを始める。 だが、何を思ったか、着替えようとしていたルイズの手がはたと止まった。それから、はっとエツィオの方へ振り向いた。 エツィオはというと、机の上に置かれた装具類を点検している。こちらを見てはいないようだ。 それをみたルイズは、いそいそと外していたブラウスのボタンを留め、ベッドのシーツを掴むと、それを天井に吊り下げ始めた。 「ん? 何をしてるんだ?」 ルイズのその行動に、流石に気が付いたのか、エツィオが尋ねる。 しかしルイズは頬を赤く染めたきり答えずに、シーツでカーテンを作り、ベッドの上を遮った。 それからルイズは、シーツのカーテンの中に入り込む。ごそごそとベッドの中から音がする。ルイズは着替えているようだ。 エツィオは小さく首を傾げた、いつもだったら、堂々と着替えていたはずなのに……。とそこまで考えが至った瞬間、ニヤっと、口元に小さな笑みを浮かべた。 ああ、そういうことか。ようやく俺のことを男として見始めたな。 とにかく鋭いエツィオは、ルイズの行動の原因として、即座にその答えをはじき出した。 さて、これからどう接してやろうか。と考えていると、カーテンが外された。 ネグリジェ姿のルイズが月明かりに浮かんだ。髪の毛をブラシですいている。 煌々と光る月明かりのなか、髪をすくルイズは神々しいほど清楚に美しく、可愛らしかった。 「へえ、これは驚いたな、カーテンの中からウェヌスが出てきたぞ」 「ウェヌス?」 聞きなれぬ名に、ルイズは首を傾げる。 そう言えばそうだった、ここは異世界だ、彼女がローマの神を知る筈はない。 「俺のとこの、美の女神さ」 エツィオがそう教えると、ルイズの頬に、さっと朱が差した。 「なな、何冗談言ってるのよ! あんたは!」 「冗談じゃないさ、きみは美しい」 「ば、バカ言ってないで、さ、さっさと寝るわよ!」 まっすぐにそう言われ、ルイズの顔が益々赤くなった。見るとエツィオはにやにやとほほ笑んでいる、こちらの反応を楽しんでいるようだ。 ルイズはベッドの上に置いてあったクッションをエツィオに投げつけた。コイツと話をしていると、ホントに調子が狂ってしまう。 ぐったりとした様子で、ルイズはベッドに横になり、机の上に置かれたランプに杖を振って消した。 灯りが消え、窓から差し込む月の光だけが、部屋を照らしだした。 装具の点検を終えたエツィオも、睡眠をとるべく、部屋の隅に置かれたクッションの山に体を預けた。 クッションが敷かれているとはいえ、寝心地は最悪である、これならアルビオンに滞在中に眠った安宿のベッドのほうが幾分かマシである。 「あいたたた……」 久しぶりの寝床の寝心地の悪さに、思わずエツィオは爺くさい声をだす。 そんな風にして学院に戻ってきたという事実をしみじみと感じていると、ルイズがもぞもぞとベッドから身を起こし、エツィオに声をかけた。 「ねえエツィオ」 「ん?」 返事をすると、しばしの間があった。 それから、言いにくそうにルイズは言った。 「いつまでも、床っていうのもあんまりよね。だから、その、ベッドで寝てもいいわ」 思わぬルイズの提案に、エツィオは顔を輝かせた。 「おい、いいのか? きみのこと襲っちゃうかもしれないぞ?」 「勘違いしないで、へ、変なことしたら、殴るんだから」 エツィオは手をわきわきと動かしながら、冗談めかして笑った。 「殴るだけか? ……なら試す価値はあるかな」 そう嘯くと、エツィオは即座にベッドの中に潜り込み、ルイズに寄り添う様に隣に寝転んだ。 ルイズが許可を出してからこの間、わずか数秒。 一切の迷いもためらいもない、あまりのその自然な行動にルイズは何も反応できずに、固まってしまった。 「さて、どうしてやろうか」 「ちょ、ちょっとやめてよね! 変なことしたら殴る……っていうか殺すわよ!」 顔を赤くしながら、震える声で叫ぶルイズに、エツィオはからかうように笑って見せた。 「冗談さ、嫌がる子を無理やりってのは好きじゃないんだ。だから……」 「だ、だからなに……?」 「きみが俺を求めるまで、俺は手を出さないことを誓ってやるよ」 ニィっと、口元に笑みを浮かべてエツィオが笑う。 その言葉が意味するところを知ったのだろう、ルイズは羞恥と怒りを爆発させる。 「こ、この……! 馬鹿にするのもいいかげんにっ……!」 「はいはい、悪かったよ。きみには刺激が強すぎたかな」 「ぐっ……、やっぱり呼ぶんじゃなかった……!」 悔しそうに歯ぎしりするルイズを見ながら、どれだけ耐えられるか、見ものだな……と、エツィオは内心ほくそ笑んだ。 プライドの高いルイズのことだ、そうやすやすと落ちはしないだろう。だからこそ、落とし甲斐があるというものだ。 ……しかし、しかしである。もしもルイズに手を出した場合……、なんだかすごく面倒なことになりそうな気がしてならないのも事実だ。 それこそイヴの誘惑に負け、エデンの果実を口にしたアダムのようになりかねない、そんな予感がする。世に言うめんどくさいタイプだ。 そう言う意味では、彼女は創世記にある禁断の果実そのものなのだろう。俺はもっと楽しみたい、だから最高の楽しみは、最後に取っておく。 自分の魅力に落ちない女性はいない、そんな絶対の自信を持っているエツィオだからこそ出来る、邪な考えであった。 しばしの間、そんな二人の間を沈黙が支配する。 そして、しばらくたった後、エツィオはぽつりと呟くように口を開いた。 「アルビオンでは……すまなかったな」 ルイズは答えない。 もう寝てしまったかな? と思ったが、寝息は聞こえてこない。エツィオは続けた。 「きみに辛い思いをさせた上に、危険な目にも合わせてしまった、……使い魔失格だな」 「そ、そんなことっ……!」 その言葉に、ルイズは思わず身を起こし、エツィオを見つめた。 エツィオは口元に笑みを浮かべ、言葉の続きを促す様に首を傾げて見せる。 「そんなこと?」 「な……ない……」 ルイズはエツィオから顔をそむけ、僅かに頬を赤くしながら小さな声で答えた。 ほんとなら、ちょっとは文句くらい言おうと思っていた、しかし、エツィオに先手を打たれ、思わず本音が出てしまったのである。 再びベッドに横になり、エツィオに背を向ける。そんなルイズを横目で見つめながら、エツィオは小さく笑い、言った。 「二度ときみを傷つけさせない、約束するよ」 「あたりまえじゃないの」 それからルイズは決心したように口を開いた。 「でも、わたしも、あんたに謝らなきゃ。ごめんね、勝手に召喚したりして」 「本当だよ、まったく」 「んなっ!?」 エツィオがあっさりそんな事を言う物だから、ルイズは再び体を起こし、今度はエツィオを睨みつける。 「ど、どういうことよ!」 「イタリアに帰りたくなくなるってことさ」 エツィオは、うー、と睨みつけてくるルイズにニヤリと笑みを浮かべてみせると、ルイズの頬に手を伸ばし、愛おしそうに撫でた。 「俺は今、毎日が充実してる、きみのおかげだ」 「か、からかわないでっ!」 かぁっ、とルイズは顔を赤くすると、その手を取り払った。 ぼふっとベッドに横になると、再びエツィオに背を向けてしまった。 「もう! 謝らなきゃよかった!」 「ははっ、でも本当さ、出来るならずっときみの傍にいたい、そう思ってる」 「っ……!」 耳元で囁かれ、どくん、とルイズの胸が高鳴った。 並みの女性なら、それだけでノックアウトされてしまいそうになる程、憂いを含んだ甘い囁き。 ひどい、エツィオひどい。そんな事言われて、平常心なんて保っていられるわけないじゃない。 今、自分がどんな顔をしているのかまるで想像が出来ない、きっと酷い顔になっている。 エツィオに背を向けていてよかった、こんな顔見られたら、ますますからかわれてしまう。 そんなルイズの様子を知ってか知らずか、エツィオは続けた。 「でも……それはできない。いつかは帰らなきゃ……」 「し、心配しなくても、きちんと帰る方法を探すわよ……」 「おい、本当か? ……まあ、期待せずに待つとするさ」 エツィオは笑いながらそう言うと、それきり黙ってしまった。 しばしの沈黙の後、ルイズはもぞもぞと動き、エツィオの方を向いた。 寝てしまったのかな? と思っていたが、エツィオはまだ起きているようだ。 話をしなきゃ……と、ルイズは意を決してエツィオに話しかけた。 「ねえ、あんたのいたイタリアって、魔法使いがいないのよね」 「いない、概念はあるけどな」 「月は一つしかないのよね」 「生憎、二つ浮いているのは見たことがないな」 「へんなの」 「ははっ、そうだな、月はともかく、魔法が無いなんて、不便なものさ。お陰で空も飛べやしない」 「あんたは向こうでは……」 ルイズはそこで言葉を切った。 それからエツィオの横顔を見つめながら、ためらう様に尋ねた。 「あんたは……『アサシン』なのよね」 「……」 「オールド・オスマンから聞いたの、あんたが『アサシン』だってこと」 ルイズがそう言うと、エツィオは天井を見上げたまま、厳かに口を開いた。 「……アウディトーレ家は銀行家だった、っていうのは話したよな」 「うん」 「それは本当だ、事実、俺は父上の後を継ぐべく勉強してたよ、あまり真面目じゃなかったけどな」 エツィオは小さく笑う。しかし、すぐに真面目な顔になった。 「銀行家、俺もそう思っていた。だけど、それはあくまで表の顔だった。アウディトーレ家には、もう一つ、隠された裏の顔があったんだ」 「それって……」 「そう、フィレンツェにとって脅威となる存在を排除する、――『アサシン』。要はフィレンツェの暗部さ。 祖先がそうであったように、父上もまた、アサシンだった」 『アサシン』の家系……、あらかじめオスマン氏から聞いていたとはいえ、 本人の口から言われると、やはり重みが違う。改めて真実を突きつけられた気分になり、ルイズは思わず息をのんだ。 「俺がそのことを知ったのは二年前、フィレンツェを追放され、伯父上のところに匿われた時だった」 「追放……?」 「そう言えば前にも聞かれたな、何故貴族の地位を剥奪されたか……」 「あ……、い、言いたくないなら別に言わなくてもっ!」 「いや、聞いてくれ、いつかは言わなきゃならないことだ」 ルイズは慌ててエツィオを止めようとする。 だがエツィオはゆっくりと首を横に振り、口を開いた。 「……罪状は国家反逆罪、もちろん濡れ衣だ。父上は、アウディトーレ家はハメられたんだ、奴らに」 「奴ら?」 「テンプル騎士団。世界の支配を目論み、陰謀を企てている連中だ。 俺達アサシンと数百年にもわたって戦い続けている、それこそ因縁の相手ってやつだよ」 きみとキュルケの因縁には負けるかもしれないけどな。とエツィオは笑って付け足す。 だがそれは、我ながらあまりに笑えない冗談であることにすぐに気づいた。 すまない……。と小さく呟き、話を続けた。 「……二年前、父上はとある事件を調査していた。ミラノ公国、そこを治める大公が暗殺された事件があった。 その事件が起こるより前、暗殺計画を事前に察知していた父上は、それを阻止すべく動いていた。しかしそれは叶わず、大公は暗殺されてしまったんだ。 表は反乱分子による暴発、そう言うことになっている。しかし、その裏ではフィレンツェの支配を巡るテンプル騎士の陰謀が隠されている事に気が付いた父上は、 騎士団からフィレンツェを守る為に調査に乗り出した」 ルイズは固唾を呑んで、エツィオを見つめた。 天井を見つめるエツィオの横顔からは、先ほどまでの陽気な青年の面影は掻き消えていた。 ぞっとするほど冷たい表情、おそらくは、これこそが『アサシン』、エツィオ・アウディトーレの素顔なのかもしれない、とルイズは思った。 「父上は事件に関わった者たちを狩り出し、始末した。だけど、悔しいが奴らの方が一枚上手だった、 父上はその事件の真相に至る前に、その事件の濡れ衣そのものを着せられ警備隊に兄弟共々捕らえられてしまったんだ。 運よくそれを免れていた俺は、父上が掴んだ陰謀の証拠を手に、父上の親友でもある判事の家へと走った、それが皆を救うものと信じてね」 「……」 「判事は言った、この証拠を翌日の裁判で提出すれば父上への嫌疑は晴れ、必ず助かると、それを聞いて俺は心から安堵した、これで元の生活に戻れるってね」 「それで、どうなったの……?」 ルイズは恐る恐る尋ねる。 エツィオは目を細め、苦しそうな表情を作った。 「……次の日、俺は裁判が開かれているシニョーリアの広場まで走った、今頃父上の無罪が証明され釈放されるところなのだろうと。だが……違った……。 そこで見たものは……絞首台にかけられる父上と兄上、そして……弟の姿だった」 「そんなっ! 証拠も提出したのにどうして!」 「簡単なことさ、判事が裏切ったんだ、判事もあいつらの仲間だった……そして俺が見ている目の前で……父上達はっ……!」 「エツィオ……」 唇を噛みしめ、怒りに満ちた声で吐き捨てる。 普段の彼からは想像もできないほど声を荒げ、感情を露わにするエツィオに、ルイズは言葉を失ってしまう。 いつもの冗談と思いたかった、しかし、それにしてはタチが悪すぎる。 「俺はシニョーリアの刑場から必死で逃げた、吊るされた家族を見捨てて。あの姿は今でも忘れられない……忘れてはならない……」 掌で顔を覆い、エツィオが呻くように呟く。怒りと悲しみ、そして悔恨がないまぜになった、苦悶の表情。 そんな自分を呆然と見つめるルイズに気が付いたのか、エツィオは小さく息を吐き、目を閉じる。 ルイズは思わず言葉を失ってしまった。 いつも陽気で不敵なエツィオとは思えないほど、弱弱しい表情。 この男が、こんな表情をするとは夢にも思わなかったのだ。 唖然としたままのルイズをよそに、エツィオは淡々とした口調で、言葉を続けた。 「全てを失った俺は、残された妹と心を壊した母上を連れ、伯父上の下に逃げ込んだ。そこで俺はアウディトーレ家の歴史とテンプル騎士団との宿縁を知った。 俺は父上の後を継ぎ、奴らに復讐を誓った。父上の死に関わった者共を全員狩り出し、一人残らず地獄に送ると」 復讐、その言葉にルイズははっとする。 いつか、アルビオンへ向かう船の上で聞いた、エツィオがイタリアに戻らねばならない理由。 エツィオの戦いは、まだ終わってはいないのだ。 「その、裏切り者の判事は……?」 「……殺したよ、この手でね。奴を前にした時、怒りで目の前が真っ赤に染まった……、 気が付いた時には、俺は判事の腹を貫き、切り裂いていた……、何度も……何度も……」 エツィオは顔を覆っていた左手を掲げ、じっと見つめる。 「俺の手は、もう奴らの血で真っ赤だ……。俺はただ、平和に暮らしていたかっただけなのに。 兄上と一緒に馬鹿やったり、恋人と愛し合ったり……、ただ自由に、普通に暮らしていたかっただけなのに……」 不意に、エツィオが首を傾げ、ルイズを見つめる。 そのエツィオの顔をみたルイズはぎょっとした。 エツィオの双眸から、一筋の涙が流れている。泣いているのだ。 唖然とするルイズの前で、エツィオは表情を歪ませながら震える声で呟いた。 「もう……もう何も戻らない。父上も、兄上も、弟も……。……どうして、どうしてこうなったんだ?」 それは、家族を失ってから、誰にも明かすことのなかった、胸の内の苦しみ、悲しみ、悔恨。 それら全ての感情を全部、ルイズに打ち明けるように、エツィオは心情を告白する。 使い魔の語る、想像を絶するほどの、悲惨な過去。陽気さの裏に隠された、悲壮な覚悟。 ルイズは思わず、涙を流すエツィオを掻き抱いていた。 いつか、ニューカッスルの廊下で、エツィオが泣きじゃくる自分にそうしてくれたように、今度は自分がエツィオを支える番だと思ったのだ。 「父上……、兄さん……、ペトルチオ……、ごめん……。ごめん……俺は……!」 エツィオの双眸から、堰を切ったように涙があふれ出す。 気が付けば、ルイズも涙を流していた。彼の境遇に同情したわけではない。同情など、軽々しく出来るはずもない。だが、不思議と涙があふれてきたのだ。 しばらくの間、ルイズの胸に顔を埋め、静かに涙を流していたエツィオだったが、やがて離れると、涙を拭いた。 「……カッコ悪いところを見せたな……でもお陰で楽になった」 「エツィオ……」 「俺の弱い心は、ここに置いて行く。もう泣き言は無しだ」 そう言ったエツィオの表情は、いつもの笑顔が戻っていた。 強い意思を感じさせる瞳に、余裕と自信に満ちた不敵な笑顔。 ルイズの目じりに溜まった涙を指先で拭ってやりながら、エツィオは微笑む。 「……酷い顔だ、きみに涙は似合わないな」 「あっ、あんたのせいよ! あんたがあんな話を――」 「ありがとう、最後まで聞いてくれて」 「っ……!」 エツィオにそう言われ、ルイズは何も返せなくなってしまう。 もにょもにょと口を動かすルイズにエツィオはにやっと笑って見せた。 「それに、貴重な体験もできたしな。ああルイズ、出来ればもう一回……んがっ!」 そう言いながら顔を近付けてきたエツィオの鼻っ柱にルイズの拳が叩きこまれた。 「ちょっ、調子に乗るなっ! このエロ犬!」 「わ、悪かった! 悪かったよ!」 ルイズは羞恥に顔を真っ赤にしながら、枕でぼこぼことエツィオを叩いた。 エツィオは笑いながらルイズにされるがままになっている。その様子は、はたから見るとまるでじゃれあっているようだ。 一しきりそうやってエツィオを叩いていたルイズは、荒い息を吐きながら、ごそごそと布団の中に潜り込んだ。 「次やろうとしたら、もう一回殴るわよ」 「はいはい……でも殴られるで済むならもう一回くらい……あ、いや! なんでもない!」 再び握りこぶしを作ったルイズに、エツィオは慌てて口を噤む。 調子いいんだから……。と、恨めしそうに見つめてくるルイズに、エツィオは小さく微笑み、ぽつりと呟いた。 「……もしかしたら俺は、ただ怖かっただけなのかもしれないな……、いや、やっぱり怖かったんだろうな」 「なんのこと?」 神妙な面持ちで呟くエツィオに、ルイズは首を傾げる。 「身分を明かせなかった事さ。きみに拒絶されるのが怖かった、だから明かせなかった」 「そ、そんなこと……するわけないじゃない」 ルイズがぽつりと呟く。 僅かに顔を赤くし、上目遣いにエツィオを見つめながら、言いにくそうに言った。 「だ、だって、あんたはわたしの使い魔だし……、それに……」 「それに?」 「な、なんでもないわよ!」 ぷい、と顔をそむけてしまったルイズを見て、素直じゃないな……。エツィオは苦笑する。 まぁそこがかわいいんだが……。と内心ほくそ笑んでいると、どうやらその笑みは表に出てしまっていたらしい。 ルイズは再びエツィオに恨めしげな視線を向けていた。 「なに笑ってんのよ……」 「あ、いや、安心したらつい……な」 また殴られてはたまらないと、エツィオは誤魔化す様に笑って見せた。 そんなエツィオを見つめていたルイズであったが、ややあって、ちょっと真面目な表情で呟いた。 「……どうして」 「ん?」 「どうしてあんたは、わたしにそこまでしてくれるの?」 「さて、なんでだと思う?」 「からかわないで。……わたしが魔法を使えないの、知っているでしょ? いつもいつも失敗ばかりで……、こんなダメなわたしに、どうしてあんたはそこまでしてくれるの?」 ルイズは口をへの字に曲げながらエツィオに尋ねた。 エツィオは、凄腕のアサシンであることを差っ引いても、とにかく有能な男だということを、ルイズは嫌というほど実感していた。 何をやらせてもそつなくこなし、マナーも礼節も完璧。魔法が使えないという点を除くと、およそ貴族に求められる物全てを兼ね備えていると言っても過言ではなかった。 アルビオンで、ウェールズ殿下がいたく気に入っていたところを見るに、是非とも彼を配下に欲しいと思う貴族は数多くいるだろう。 そんな彼が、何故ゼロと呼ばれ続ける自分の傍にいてくれるのか、疑問に思ったのだ。 「あのワルドが言ってたわ、あんたは伝説の使い魔だって。あんたの手の甲に現れたのは『ガンダールヴ』の印だって」 「……らしいな、デルフもそう言ってる。あいつは昔、その『ガンダールヴ』に握られていたそうだ」 「それってほんと?」 「さてね、なにしろデルフの言うことだからな」 エツィオはちらと部屋の隅に置かれたデルフリンガーを見つめる。 聞こえているぞ、とでも言いたいのか、ぷるぷると震えていた。 「でもまぁ、本当なんだろうな、実際このルーンにも、デルフにも助けられた」 「だったら、どうしてわたしは魔法ができないの? あんたが伝説の使い魔なのに、どうしてわたしはゼロのルイズなのかしら。いやだわ」 「きみは伝説と呼ばれるような、そんな偉大な存在になりたいのか?」 エツィオが問うと、ルイズは首を横に振って見せた。 「違うわ、わたしは立派なメイジになりたいだけ。別に、そんな強力なメイジになりたいとかそういうのじゃないの。 ただ、呪文を使いこなせるようになりたいだけなの。得意な系統もわからない、どんな呪文を唱えても失敗なんてイヤ」 心情を吐露するルイズに、エツィオはただ黙って聞いた。 「小さいころから、ずっとダメだって言われ続けてた。お父さまも、お母さまも、わたしには何も期待していない。 クラスメイトにもバカにされて、ゼロゼロって言われて……。わたし、本当に才能ないんだわ。 得意な系統なんて、存在しないんだわ、魔法を唱えてもなんだかぎこちないの。自分でわかってるの。 先生やお母さまやお姉さまが言ってた。得意な系統の呪文を唱えると、体の中に何かが生まれて、それが体の中を循環する感じがするんだって。 それはリズムになって、そのリズムが最高潮に達した時、呪文は完成するんだって、そんな事、一度もないもの」 ルイズの声が小さくなった。 「そんなダメなわたしなのに……どうして?」 落ち込んだ様子でルイズが尋ねると、エツィオは澄ました表情であっさりと答えた。 「きみの事が好きだからさ」 「は、はあ!?」 あまりに唐突に、しかも真顔でそう答えられ、ルイズの顔がずどん、と火を噴いたように赤くなった。 暗闇の中でもわかるくらいに顔を真っ赤にし、滑稽なほどルイズは慌てふためいている。 「すすす、好き、好きって! どど、どういう……!」 「言葉の通りさ、俺はきみを気に入ってるんだ」 「こ、こんな時に冗談はやめてよ! ばっ、ばっかじゃないの!」 そんなルイズの反応を愉しむかのように、エツィオは意地悪な笑みを浮かべる。 ルイズが反応に困っていると、すっと、エツィオの手が伸びる、そしてルイズの顎を持つと、優しく自分の方へと向けた。 「ルイズ」 「なっ! なに……よ……」 「俺はいつだって、きみの味方だ」 その言葉に、ルイズはビクンっと身体を震わせ、エツィオを見つめた。 「きみが信念を捨てない限り、俺は喜んできみの力になる」 「えっ……あ……」 「俺は決してきみを見捨てないし、裏切らない。苦難あれば共に乗り越え、道誤ればそれを正そう」 ルイズの頬を優しく撫でながら、エツィオは誓いを立てるように、呟いた。 「きみに二度と、辛い思いをさせるものか……」 いつにないエツィオの真剣な眼差し、憂いを含んだ情熱的な囁きに、ルイズの心臓が、狂ったように警鐘を鳴らす。 いつかの、ラ・ロシェールで掛けられたワルドの言葉とは、まるで比べ物にならないほどの熱量を秘めた情熱的な甘い言葉。 それはまるで麻酔の様に、ルイズの頭の芯を、じんわりと痺れさせた。気が付けば、ルイズはエツィオから目が離せなくなっていた。 本当は気恥ずかしくて、エツィオの顔なんてまともに見れたものじゃない、だけど一時も目を離したくない。そんな気持ちがルイズの中でせめぎ合っていた。 「それに……」 そんなルイズを知ってか知らずか、エツィオはぽんと、ルイズの肩を叩いた。 「今は魔法が出来なくても、人は決して負けるように出来てはいない。今の境遇に、死ぬまで甘んじなければならないという法はないさ」 力強いエツィオの言葉に、ルイズは胸が熱くなるのを感じる。ちょっと涙まで出てきた。 それを隠すためにルイズは、エツィオの手を慌てたように振り払うと、毛布をひっかぶり、エツィオに背を向けた。 「す、すす、好きとか、な、なな、何言ってるのよ! も、もう!」 「おや? これじゃ不服かな? 困ったな、他に理由が見当たらない」 「ば、ばかなこと言わないで! この話はもうおしまい!」 ルイズは気恥ずかしさを隠すかのように、無理やり話を中断させる。 それから仰向けになると、毛布から顔を出し、ちらとエツィオを横目で見つめた。 「で、でも、お礼はいわなきゃね。……あ、ありがとう……」 消え入りそうなほど、小さな声でそう言うと、ルイズは目を瞑ってしまった。 礼を言われるとは思っていなかったのか、エツィオは少し驚いたようにルイズを見つめた。 「なに、気にすることはないさ、俺が好きでやってること……っと」 ニィっと笑みを浮かべ、ルイズの顔を覗き込む。 そこでエツィオは言葉を切った。どうやらルイズはそのまま寝入ってしまったらしい。なんともまぁ、寝付きのいいことだ。 僅かに首を傾げ、あどけない寝顔を見せている。 手は軽く握られ、桃色がかったブロンドの髪が月明かりに溶け、キラキラと輝いている。 うっすらと、開いた小さな桃色の唇の隙間から、寝息が漏れていた。 「くー……」 エツィオはルイズの寝顔を見つめ、優しい笑みを浮かべると、ルイズの唇に自分の唇を重ね合わせた。 「……おやすみ、ルイズ」 唇を離し、エツィオは小さく囁きながら、ルイズの頭を撫でる。 それからエツィオも仰向けになると、目を瞑り、眠りの世界へと落ちて行った。 寝たふりをしていたルイズは、エツィオの寝息が聞こえてきた瞬間、がばっと跳ね起きた。 キス、された。 思わず唇を指でなぞる、心臓が狂ったように早鐘を打っている、顔はもう真っ赤っかだ。 おそるおそる、隣で眠るエツィオに視線を送る。もしかしたら、こいつは自分と同じように寝たフリをしていて、 あのからかうような笑みを浮かべるのではないかと、気が気ではなかったが……。どうやら本当に眠っているらしい。 「寝てる……」と、ルイズは少し安心したかのように呟いた。 ルイズは枕をぎゅっと抱きしめて、唇を噛んだ。 意味分かんない、何を考えているのか、さっぱりわからない。 ルイズは胸に手を置いた、やっぱり、そばにいると胸が高鳴る。 となると、この前、確かめたいと思った気持ちは本物なのだろうか? 同じベッドで眠ることを許したのは、今まで離れ離れになっていたのが寂しかったから……、というわけではない。 そう、アルビオンに残ってまで、自分に対する脅威を人知れず排除していた使い魔の献身へのご褒美のつもり……。でも、それだけじゃない。 異性に対するこんな気持ちは初めてで、ルイズはどうしていいかわからなかったのだ。 着替えそのものをエツィオに見せなくなったのはそのせいだ。意識したら、急に肌を見せるのが恥ずかしくなった。 ほんとだったら、寝起きの顔すら見せたくない。 いつごろから、エツィオにこんな気持ちを抱くようになったのだろう? エツィオは本当に自分に好意を寄せてくれているのだろうか? キスしてきたのだから、やっぱりそうよね。……正直に言うと、エツィオに『好き』とはっきり言われ、嬉しかった。 しかし、同時にみんなに言ってるんじゃないの? いや、絶対言ってるだろ。という確信にも似た疑念を生んだ。 なにせギーシュがかわいく思えるくらいの女たらしである。それに先ほどのキス、初心なルイズにでもわかる、あれはもう慣れてるキスだ。 やっぱり、他の女の子にもしていることなのだろうか? 怒りと喜び、二つの感情がルイズの胸の中でごちゃ混ぜになる。 あの言葉は、先ほどのキスは、本心からでたものなのだろうか? それが知りたい。 ルイズは、自分でもなんだかよくわからなくなって、う~~っと唸って、エツィオを枕で叩いた。起きない。 その時だった。その様子を黙って見ていたデルフリンガーが不意に口を開いた。 「寝かせてやれ、相棒はこれまでロクに寝てないんだ」 「っ! あ、あんた、見てたの!」 思わぬところから声をかけられ、ルイズは思わず叫んだ。それから慌てて口を閉じる、今のでエツィオが起きたらどうしようと思ったのだ。 だが幸いなことに、エツィオは起きる様子もなく、安らかに寝息を立てている。 そんな二人を見て、デルフリンガーは呆れたような口調で言った。 「俺はお前らが何しようと知ったこっちゃないね、何せ剣だからな」 「じゃ、じゃあ口出ししないでよ、それに、この事はエツィオにはぜーったい言わないでよ!」 「言わねぇよ……。それに娘っ子、お前さんはしらないだろうが、相棒はいつも、娘っ子が寝付くまで眠らないんだ。それがこれだ、よほど疲れてたんだろうな」 そのデルフリンガーの言葉を聞いて、ルイズはぐっと顔をしかめ、エツィオを見つめた。 ああもう、エツィオのこういうとこ、ホントムカツク。なによなによ、カッコつけちゃって……これじゃ、文句のつけどころがないじゃない。 ルイズは口の中で小さく呟くと、デルフリンガーをきっと見つめ、「誰にも言わないでよ……」と釘を差した。 それからルイズは、思い切ってエツィオの顔に自分の顔を近付けた。 鼓動のリズムが、さらに速度を増してゆく。そっと、エツィオの唇に、自分のそれを重ね合わせる。 ほんの二秒、触れるか触れないかのキス。エツィオは寝がえりをうった。 ルイズは慌てて顔を離し、ばっと毛布の中に飛び込んで枕を抱きしめた。 なにやってるのかしら、わたし。使い魔相手に。 バカじゃないかしら、どうかしてるわ。 寝ているエツィオの顔を見た。 控えめに見ても、エツィオは世に言う美形と呼ばれる部類の人間だ。その上、誰より知的で紳士的、どんなことでもさらりとこなし、常に余裕の笑顔を絶やさない。 フィレンツェという所から来た、普段はおちゃらけた陽気な青年。だがその実体は、アルビオン全土を震えあがらせる超凄腕のアサシン。そしてルイズの使い魔、伝説の使い魔……。 どうなんだろう、やっぱり、好きなのかな。これって好きなのかしら? 心の中でそう呟きながら、ルイズはそっと唇をなぞった。そこだけ、熱した鉄に押し当てたように熱い。 どうすれば、この答えは得られるのだろう。 結局分からなくなって……、いやだわ、もう……と呟いて、ルイズは目を瞑る。 今夜は……なかなか寝付けそうになかった。 前ページ次ページSERVANT S CREED 0 ―Lost sequence―
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前ページ次ページゼロの独立愚連隊 女子寮の扉をくぐりながら、やれやれと大きく伸びをするサモンジ。今日一日歩き回ったが、少々ルイズと話し合わなければならないことが多い。ルイズの立ち位置が微妙なものになったこともあるのだが、やはり一番気になるのはコルベールの言っていた―― 「っとと、やあキュルケちゃん。と、タバサたyん。ちょうどいいや、朝の事いいかなキュルケちゃん?」 並んで歩くキュルケとタバサの姿を見つけ、サモンジは手を振りながら声をかけた。 「あらら~やっぱりそんな感じなんだ」 そう言ってサモンジはいかにも悩んでいるようにうなりながら腕を組みつつ、ちらりとキュルケの顔を窺う。そこに困ったような表情が浮かんでいるのを認めて、サモンジは心の中で一つ頷く。 今朝キュルケにルイズに関する噂を聞いておいてくれと頼んだ理由は情報収集ではない。キュルケ にルイズの現状が悪いものであることを印象付けておくこと、これが本当の理由である。 ルイズとの付き合いだけを見れば一見キュルケは少々意地の悪い派手な女に思えるが、言葉や態度の裏を少し考えればそれらの全ては姉御肌な性格からくるお節介や発奮を促すものである、とまではいかないが半分くらいはそうだろう。後は軽く後押ししておけば、多少なりともルイズへの態度が柔らかくなる、といいなぁ、そんな期待をして朝に声を掛けておいたのだ。 「それじゃあ私達は戻るわ。サモンジさんもせいぜいあの子の八つ当たりを受けないように気を付けておいた方がいいわよ」 そう言って立ち去るキュルケとタバサを見送りながらサモンジは多少の手ごたえがあったことに安堵する。これで多少はキュルケのルイズへの態度も柔らかくなるかもしれない。と、サモンジは今朝のコルベールとの会話――というか尋問――を思い出してもう一度声をかける。 「忘れてた、ごめんもう一つ頼みがあったんだ。破壊の杖の時の帰りに私がした故郷の話、覚えてる かい? もし覚えてたら他の人には言わないようにしておいて欲しいんだ。皆に話した方が故郷への 帰り道が分かるかと思ったけど、逆に面倒事が多くなりそうなんでね」 少々早口に言葉を重ねるサモンジにキュルケは不思議そうな顔で振り返るが、キュルケが何か言う前にサモンジは背中を向けてしまった。 キュルケは肩をすくめるとタバサを促して部屋に戻ることにする。そんなキュルケに頷きを返しながら、タバサは部屋に戻っていくサモンジの背中に一度視線を向けていた。 ぺたぺたと音を立てながら廊下を歩くサモンジは角を曲がって後ろからキュルケの声が掛けられないことに安堵する。別に声をかけられて、なぜ他人にサモンジの故郷のことを話さない方がいいのか、ということを聞かれても構わないが説明するとオスマンから警戒されていることなど色々と話すことが増えるので面倒なのだ。 ともあれ、あらかた今日の用事は片付いた。後は、ルイズである。昨日の夜にルイズが呟いた、強い力のある自分の方が貴族らしいという言葉。どんな顔をしてあんな事を言ったのかは解らないが、少々良くない方向に参っているのかもしれない。 今までの無力感が反動となって傲慢になっているのだろうか、あるいは彼女の手柄を認めなかった他の生徒達への怒りからの言葉なのだろうか。などとあれこれ考えても埒が明かない。ひとまずはルイズの周囲の状況がどうなったかは把握した。後はルイズ自身がどういう状態になっているか…… そうこう悩んでいる内に考えがまとまらないまま部屋の前に着いてしまう。 「まあ良い方向に転がるかもしれないし、なるようになるか」 サモンジが自分に言い聞かせるように独り言を言ってドアを開く、とふわりといい匂いが部屋の中から漂ってくる。はて、と首を捻りながらサモンジは部屋の中へ入る。 「ただいまルイズちゃん。おやシエスタちゃんまで」 部屋の中を見には、テーブルの上にティーセットとお菓子の載った皿が用意されている。そしてルイズの向かいにはシエスタが座ってカップを持ち上げた状態で固まっていた。貴族と同じテーブルに着いて紅茶を飲んでいるという状況を見られたシエスタは、いたずらを見つけられた子供のように焦った表情で席を立とうと腰を浮かせてガチャンとカップを鳴らしてしまう。それを片手で座るように制しながら、ルイズはサモンジをジト目で睨んでいた。 「お帰り、サモンジ。あんた朝からご主人様をほっぽって丸一日出歩くとはいい度胸ね」 その言葉にサモンジは頭を描きながら適当に笑い返す。ルイズの噂が気になったから、と正直に言うのは少々恩着せがましいし、ルイズも心配されると怒り出すタイプだろうから逆効果だろう。などと考え込むあまり言葉に詰まってしまったサモンジに、ルイズはまあ良いんだけどね、と呟いて表情を戻すとティーカップを口元に運ぶ。 首をかしげるサモンジに、シエスタが居心地が悪そうに身じろぎしながらサモンジにぼそぼそと告げる。 「その、すみませんサモンジさん。私、昼食と休憩のお茶をヴァリエール様にお持ちしたんですが、サモンジさんが朝からヴァリエール様の噂を聞いて回っていたことを話してしまいました……」 「シエスタ。あれはサモンジが私に断りもなく朝から外出したのを私があなたに行方を知らないか尋ねただけよ。悪いのは、こいつ。それとあなたもサモンジも同じ平民よ、サモンジに気を使い過ぎる必要はないわ。こいつが付け上がってしまうわよ」 二人の会話にサモンジはほっとする。朝、食堂でメイドに部屋に食事を運ぶようには頼んでいたが、 シエスタが来てくれていたのは嬉しい誤算だ。おかげでルイズが一人で鬱々とすることもなく過ごせたようだ。とはいえ、それはサモンジが書き置きも無しに部屋を出たせいでルイズを不安にさせた、と言うことでもある。魔法が使えないこともあり普段の振る舞いでは貴族らしくあろうとするルイズが、平民のメイドを同じテーブルに着かせているというのもそのせいかもしれない。 「ごめんごめん、書置き残せばよかったんだろうけど私この国のペンって苦手なんだよ」 とりあえず形だけ謝っておこうと、担いでいたライフルと振動剣を立てかけながら笑って答えるサモンジ。ルイズを一人にして悪かった、と言うことを露骨に言うのは避けた方が良いと判断したのだ。 その内心を知らないルイズはサモンジの態度に呆れたようにため息を吐く。 「そう言えばあんた文字が書けなかったわね。そんな期待した私が馬鹿だったわ」 ルイズのきつい言葉にどうフォローしたものかとオロオロするシエスタだが、サモンジは彼女にいつものことだよ、と軽く笑いながら手で制する。 「いやいや本当にごめん。文字ならもう覚えたから書置きは残せたんだよ。ペンに慣れてないから書置きを残すって事が思いつかなかったんだ」 からからと笑うサモンジだが、その言葉に再びシエスタは驚きで腰を浮かしかけてテーブルを揺らしてしまう。慌てて零れた紅茶をハンカチで拭い片付けるシエスタにルイズは苦笑しながら手を止めさせる。 「もういいわシエスタ。せっかく私の使い魔が戻ってきたんだから片付けはこいつにさせるわ。あなたこそ仕事中に私の暇つぶしにつき合わせて悪かったわね。そろそろ戻っていいわ」 自分が粗相をしたせいで追い出されるのか、そう考えて固まるシエスタ。彼女と場所を代わろうとしていたサモンジは肩を叩きながらフォローを入れる。 「あはは、シエスタちゃん後の片付けは私がやっておくから仕事に戻ってもらっていいよ。私が留守にしたせいでルイズちゃんに付き合ってもらっちゃってすまなかったね。私もルイズちゃんも感謝してるよ、また遊びに来てあげてよ」 そう言いながらシエスタの後ろから両手で肩を揉むサモンジ。その言葉にルイズが眉をひそめて何か言おうとしているが、サモンジが慌ててバシバシと連続で目配せをする。それを受けてルイズはいかにも文句ありげにサモンジを睨むが、サモンジの勘弁してくれと言わんばかりの表情で繰り返す目配せに負けてため息を吐いた後に表情を緩めてシエスタに声をかける。 「そうね、あたなの入れた紅茶も悪くなかったわよ。また時間のあるときにでも頼むわ」 ルイズのその言葉にようやくシエスタは緊張を解いて、固く握り締めていた両手を下ろす。サモンジモも彼女の両肩を乗せていた手でぽんと叩き、振り向いたシエスタに笑顔を見せる。これでようやく落ち着いたのか、シエスタも顔に喜色を浮かべてルイズに勢い良く頭を下げながら、喜んでお待ちしております、こちらこそありがとうございました、と大仰な仕草で礼をしつつ部屋を出て行った。ドアが閉まるのを確認すると、サモンジは笑顔を収めてやれやれと肩を落としてため息を吐く。 「やれやれ……ルイズちゃん、シエスタちゃんは君の事を慕ってくれているんだからもうちょっと言い方を考えてあげようよ。あのまんまじゃ紅茶をひっくり返したから追い出したみたいじゃないか」 「何よ。やることがないから暇つぶしに貴族用の紅茶を飲ませてあげたのよ、それだけでも過分な扱いなんだから。それに平民の給仕の粗相を咎めるにしても、一回は多めに見たし二回目だってシエスタだからあんな言い方にしてあげたのよ」 サモンジの呆れたような言葉に、ルイズは憮然と反論する。まあ確かに、粗相を咎めるにしても先程のルイズの言葉は直接の叱責はせずに退出を促しただけのものだった。これにはサモンジの方がルイズの精神状態について悪いほうの想像ばかりしていたために、少々彼女の言動を色眼鏡で見ていたのかもしれない。 率直な言い方をすれば、サモンジはルイズが酷く捻くれてしまったのではないかと心配していたのだが、むしろ逆に余裕ができたというか寛容になっている。それも、シエスタの粗相を貴族と平民という区別をつけた上で気遣いを見せる対応をする判断もできていた。 ルイズも成長しているのだ。 いつまでも幼稚なままではない。破壊の杖の件での無謀な行動、サモンジからゴーレムへのとどめを譲ろうとされていたこと、宿敵と思っていたキュルケから気遣われていたということ、そして昨日の一件。ルイズの心に傷を残すようなことも多かったがそれだけではない、そんな経験で成長した面もあったのだ。 サモンジは安堵するとともに肩からどっと力が抜けるのを感じた。昨日の夜から今日一日、ルイズの精神状態が悪い方に転がっているかもしれないと――むしろ悪い方に行っていると思い込んで――心配していたのが、全くの取り越し苦労だったのだ。火照っていた左手をぐにぐにと揉み解しながら、サモンジは今までどう切り出すか悩んでいたこれからの話を遠慮なく切り出すことにした。 「それならルイズちゃんの対応で正解か、ごめんごめん。それにちょうど人払いができて助かったよ。 さてルイズちゃん、明日からどうするか……話し合っておこうか」 サモンジが一通り今日の学院の様子を語り終える。もしルイズが将来力をつけた場合に間違いなくやってくるであろう復讐に恐れを感じつつ、それでも魔法が使えないという事への侮蔑を捨てられない生徒たち。フーケの活躍で貴族への不満を晴らしていた平民たちの逆恨み。そしてコルベールからの尋問、その中で出てきた「虚無」という単語。それらに主観を極力交えないように、まずルイズと情報を共有することを目的に淡々と説明した。 その中でルイズの興味を引いたのは、当然ながらコルベールの語った「ルイズの系統が虚無かも知れない」という憶測である。周囲の生徒たちの様子を聞いても微妙な表情をしただけで大した反応を返さなかったルイズも、その単語には戸惑っていた。 「まあこれについては感想を言わせてもらうけど、私の口を滑らせたくて興味深い単語を持ち出しただけって線が強いかな。魔法って視点から見てルイズちゃんはどうだい?」 「そうね、私としてもありえない……というか期待できないというところかしら。始祖の時代から今までの六千年も経って伝説の系統が蘇るなんて御伽噺のレベルよ。万一、もし万が一にでも当たりだとしても虚無の魔法の訓練なんてどうすればいいっていうのよ」 サモンジの問いかけに、予想外にさばさばした様子で答えるルイズ。もう少し未練があると思っていたサモンジは少々肩透かしを食らったような気分だったが、ルイズはなんということのないように続ける。 「サモンジ、あんたも分かったでしょ。私の昨日の魔法、コルベール先生の言う通りなら私の爆発は少なくともトライアングル以上なのよ。確かにコモンマジックも使えないなんていうのは少し気になるけど、この間ギーシュのゴーレムを馬代わりにしたみたいに……そう、母さまみたいにマンティコアに乗って戦えば十分軍人として活躍できるわ。もう学院の生活にも勉強にも、そう未練はないわ」 ルイズは何でもないような口調と表情でそう言って薄く笑う。確かに、ルイズの家の権力はこのトリステインでは有数のものらしい。その後ろ盾があれば一般的な魔法が使えずとも実力さえあればルイズのことを周囲に認めさせることはできるだろう。だがそれは、結局家の権力に頼ったものだ。このハルケギニアにおいて、力が貴族の証明という考えは魔法がメイジの証明という考えに摩り替わってしまっている。その中で魔法の失敗を武器として用いるルイズの存在は、周囲から奇異の目で見られ続ける物となるだろう。ルイズより地位が上のものからは紛い物の魔法を使うメイジ崩れと、地位が下のものからは魔法も満足に使えない癖に親の七光りで出世しただけだと、そう言われ続けることだろう。 結局、ルイズの力はイレギュラーなのだ。あの爆発の魔法が失敗魔法だと、出来損ないの魔法だという認識を覆さない限り本当にルイズが周囲に認められることはないのだ。無論本人もそれは解っている。このルイズの余裕有り気な薄い笑い、それは理解されない寂しさと諦めを隠すためのものでもあるというのは見れば解ってしまうのだ。 諦めること、それもまた成長には必要なことではあるだろう。しかし周囲から認められる、理解されるということを捨てて、ただ孤独にメイジとしての誇りだけを抱いて生きることを目指すという人生が幸せなもであるとはサモンジには到底思えない。 そう、出会ったときからルイズはそうだった。系統魔法が使えないのに系統魔法にこだわり周囲から馬鹿にされ、貴族の誇りにこだわり周囲に食って掛かり、命懸けの仕事に自分から志願し、自分の成果を信じず陰口を叩く者を糾弾し……ルイズはずっと貴族誇り、メイジの誇り――それも奇麗事と笑われる類の――のために生きて来た。それが周囲から滑稽と笑われ、現実に即しない奇麗事と疎まれ、周囲の人々が遠ざかりどんどん孤独に追いやられてもそれを変えなかった。 「どんな時でもお気楽に行こう」そんな生き方を信条としてきたサモンジにとって、自分から苦しむと分かっている道に飛び込んで、やはり無力と屈辱に苦しみ、そして孤独と失望に悲しむルイズはどうにも放って置けない。すぐ近くで悲しみを飲み込んで気丈に振舞う女の子がいるのに、自分は気楽でいることなどできるはずがないのだ。 しかし結局のところ、普通の魔法が使えないルイズの孤独を解消するには爆発魔法を周囲に認めさせること、それしかない。だがそれはブリミルを崇めるこのハルケギニアの社会制度の根幹である、系統魔法こそがブリミルから受け継いだ権力の象徴ということに阻まれてしまう。ルイズの爆発魔法に力があると認めるのは、先住魔法がメイジの世界に存在することを認めるようなもの、すなわち「ブリミルから受け継いだ系統魔法に並び得る力が存在する」ということになってしまうかも知れない。ルイズは軍人として出世できると言っているが、ルイズの出世を快く思わない者がルイズの魔法はブリミルへの冒涜だなどと騒ぎ立てれば面倒なことになるのは間違いない。 わざわざ辛いと解っている道を選ぼうとするルイズに何と言ったらいいものかと考え込むサモンジ。 そんなサモンジにもう話は終わったと思っていたルイズは、ふと先程気になっていた疑問を口にする。 「そう言えばサモンジ、あんたさっきもう文字を覚えたって言ったわよね。それ本当なの?」 「ああ覚えたよ。いつもルイズちゃんと一緒にいたよね? ノートや板書を見ながら先生の説明とかを聞いてる内に頭の中で翻訳されてるみたいに内容が入ってきて、なんかあっさり覚えちゃったんだ。 前にこの左手のルーン、だっけ? これが光るときに銃の状態が分かるとか撃つ時に補正がかかるって言ったと思うけど、そんな感じ」 腕組みをして首を捻った格好のまま顔も向けずに、何でないことのように答えるサモンジ。どこかの高校生も、授業中に居眠りをせずに真面目に受け続ければすぐに文字を覚えられたのだろうが…… そのまま再び考え事に戻ろうとしたサモンジだが、今の自分の言葉にふと思い出すことがあった。ここ最近はある程度人間扱いされていたのですっかり忘れていたが、本来サモンジのハルケギニアにおける身分はメイジの使い魔である。そして一昨日の夜、オスマンから聞かされた伝説の使い魔とされるガンダールヴ……それと同じルーンがサモンジに刻まれたということ。ルイズは虚無という言葉を御伽噺と切って捨てたが、サモンジにはもう一つ根拠としてこのルーンのことがあったのだ。昨日のルイズの手柄を信じない生徒たちとの騒ぎですっかり話すのを忘れていたサモンジは、ばつが悪そうにルイズに声を掛けながら左手を机の上に示した。 「あのさぁルイズちゃん……私すっかり言うの忘れてたんだけど、一昨日オスマンさんと話した時にこのルーンのこと説明されたんだ。これ、ブリミルさんの使い魔だったガンダールヴっていうのと同じなんだってさ」 サモンジの言葉を、世間話モードに入っていたルイズはふーん、とだけ答えて聞き流す。 …… ………… ……………… 「え?」 「だからこのルーン、ブリミルさんの使い魔についてたルーンと同じらしいんだ。まあ、だからと言ってもあのときのコルベールさんの言ってた虚無ってのが本気とも思えないけどね。ルイズちゃんはどう思う?」 頬を掻きながら尋ねるサモンジに、ルイズは答えを返せず軽く混乱していた。余計な期待を抱いたりせずに今の力でできることを考えよう、そう思って先程のサモンジの質問には軍人になると、虚無については御伽噺と言ってのけたが、ここに来て伝説がすぐそばにあるなどと言われたのだ。もしかすると、自分の系統が虚無だったから今までの「普通の」魔法の使い方では魔法が成功しなかったのではないか?以前、サモンジはルイズの爆発を魔法の失敗と呼ばず「爆発する魔法」と形容していたが、今までの爆発は魔法の失敗ではなく「爆発する魔法」の成功だったのではないのか、そんな考えを抱き始めたルイズだが、サモンジは逆の方向に話を続けてきた。 「まあどちらにせよ、虚無だのガンダールヴだのって単語が出てくるんだ。私たちはルイズちゃんが学院を卒業するまでは大人しくして目立たないようにするのが一番だと思うよ。私も破壊の杖みたいな平民用の強力な携行兵器を使えるってことで学院長に警戒されてるみたいだし、ルイズちゃんも昨の教室を吹き飛ばしたアレで目を引いてしまってるはずだろ。アレに変な噂が立つとまずい」 その言葉に、先程のサモンジの懸念と同じ予想がルイズにも浮かんだ。いや、ブリミルを信仰しているルイズにはむしろ深刻な予想である。もし、自分があの爆発の魔法で出世しても、それを異端と告発する者が現れれば…… 「でも、そんなことをヴァリエール家相手に言える相手なんて居ないわ。父様も母様も厳しかったけど……私が異端の疑いを掛けられて見捨てるなんて、ありえないわ!」 一瞬思い浮かんだ暗い想像を払うように、思わず言葉に力が入って荒い声を上げてしまうルイズ。自分の声に驚きサモンジの方を伺うが、サモンジは特に表情を変えずルイズの言葉の続きを待っている。その様子に落ち着きを取り戻し、目を閉じて大きく息を吐いてから続きを口にする。 「サモンジ、あんたが警戒されているのはしばらくすれば忘れられるでしょ。あんたが警戒されたのは、故郷への手がかりが欲しいからって迂闊に学院長相手に口を滑らせたのが原因よ。それでも破壊の杖の作り方は知らないってコルベール先生相手にも言い張ったんなら、後は大人しくしてればもう変なことはできないって思われるでしょ」 「そうだね。使い方を知ってるだけってことで言い張ってるし」 ルイズの言葉にサモンジも頷く。サモンジもこれについては同じ意見だし、ルイズもひとまず落ち着いたようだ。とはいえ、自分のことについてはメイジの誇りを捨てられないようで少々意固地な主張を続ける。 「でも、私の方は別よ。だって私はちゃんと貴族の血を引くメイジなんだから……変わった魔法だからって異端だなんてありえないわ。それに私だって魔法の失敗と言い張ったって構わないわ、実績を上げさえすれば文句は言わせないもの」 ふん、と最後は鼻息と共に言い切る。そんなルイズの主張の強さに、サモンジも少しアプローチを変えようかと迷い始めた。 ルイズとサモンジの関係。ハルケギニアにおいてそれは結局、貴族と平民、メイジと使い魔という壁がある。まだルイズは爆発していないが、大人とはいえ平民のサモンジがこうもルイズの意思を潰し続けているのはかなり不満に思っているだろう。 ならばルイズの意思を尊重する方向でできる限りのフォローを入れるのがいい、サモンジはそう結論づける。 「よし解った。私としては色々不安だけど、ルイズちゃんだっていつまでも子供じゃないんだからね。 ルイズちゃんの意思を尊重して、その爆発する魔法で軍人を目指す、それを目標で頑張ろうか」 そう言って右手を差し出すサモンジ。ようやく意見を翻してルイズの言葉を認めたサモンジにルイズは満足そうに頷いた。 「当然よ。サモンジ、あんたも私の使い魔として働いてもらうわよ。……ふぅ、いい加減疲れたわね。 喉も渇いたし、少し早いけど夕食を持ってくるように言って来て」 使い魔、という部分を強調して言うルイズ。サモンジはテーブルの上で所在なさげに右手をわきわき動かしてから苦笑いと共に手を引っ込めた。席を立ちながら少し馴れ馴れしいかな、といって頭を掻くが、ややあってその表情を真面目なものに戻してルイズに釘を刺す。 「とは言ってもルイズちゃん、その爆発する魔法はあまり大っぴらにはアピールしない方がいいのは解っているよね?その辺は学院を卒業して家に戻るまでは自重してくれよ」 サモンジの言葉に、ルイズも不満げではあるが解っていると頷く。 「ええ。私の爆発の魔法は他のメイジに使えない私だけの魔法っていうのが一番の武器なんだものね。 でもまあ、私の母様の真似をして仮面のメイジとして戦うのも面白そうだけどね」 ふと思いついた母親の真似をして仮面で顔を隠して戦う自分の姿を思い描き笑みを漏らすルイズ。そんなルイズに苦笑いをしながら、サモンジがもう一度釘を刺す。 「まあそれもあるんだけどね。この国じゃ普通の系統魔法が一般的なんだから、正統から外れてることは自覚してある程度セーブしないとってことと、せめて卒業するまではそっちの勉強を捨てちゃだめだよ。それに将来の目標なんだから、ちゃんと家族にも相談しておかないとね」 そう言ってサモンジは部屋から出て行くが、ルイズはサモンジの持ち出した家族への相談、という言葉に凍りつく。先程まで想像していた、仮面をつけてマンティコアを駆りながら戦うルイズの姿が母親の姿に変わり、ルイズが追い回していた敵の姿がルイズに入れ替わる。 「そ、そうね、父様や母様にも認めてもらわないと、何かあったときに迷惑を掛けちゃうものね。 ……でも母様にそんなこと言ったら、自分に勝てないと認めないとか言いそう…… そうよ、そもそもあんた連れて帰って、これが私の使い魔です、なんて言った時点で……」 結局、一人になった部屋の中でルイズは母親に追い回され続ける想像に悩まされ続け、シエスタが持って来た夕食に一口も手を付けないままにベッドに潜り込んでしまった。 「ああ、いや、母様……そんなの大きすぎます……私壊れて、無理です……駄目、嫌…… エアストームなんて無理ィィ!!」 「…………(ルイズちゃんの母親ってどんだけ怖いんだ……?)」 そして眠りの中でも安息は無く、ルイズの悪夢は延々翌朝まで続いた。 前ページ次ページゼロの独立愚連隊
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前ページ次ページ使い魔エイト *サモン・サーヴァントだいせいこう! 使い魔召喚の儀式。 色々考えた末、コルベールは『ゼロのルイズ』の二つ名を持つ少女を一番最初にやらせた。 魔法成功率ゼロという偉業(?)をかんがみて、最後にやらせるという方法も考えないでもなかったが……。 ここ大一番の舞台というプレッシャーをかけることで、一発成功するかもしれないとも考えたのだ。 で、その結果。 「……」 自分の召喚したものに、ルイズは言葉を失っていた。 はたで見ていたコルベールも、他の生徒たちも。 それはドラゴンやグリフォンではなもちろんなく、サラマンダーとかバグベアでもない。また、カエルやネズミ、モグラでもなかった。 ましてや、どこか異世界からやってきたルイズと同年代の平民の少年でもない。 一言で言うならば、ひとかかえもあるような、四角い箱である。 そのように、ルイズたちは認識した。 けれども、もしもここにどこか異世界からやってきたルイズと同年代の平民の少年なんかがいたら、間違いなくこう思ったに違いない。 でっかいルービックキューブだ――と。 カラフルな部位で構成されたその箱は、ふよふよと宙に浮いていた。 「あ、あの……」 ルイズはぎぎぎと音を立てながら、救いを求めるようにコルベールを見る。 「おほん……。無生物が召喚されたというのは前代未聞ですが……。一応召喚成功と見てよいでしょう……。さ、ミス・ヴァリエール、使い魔と契約を――」 「で、でも……」 あれ、箱ですよ? と、泣きそうな顔でルイズは口ごもる。 「さすがゼロのルイズ、期待を裏切らない!」 「でっけえ、箱だな! 何が入ってるんだ?」 「まさか、人間の死体とか入ってないでしょうね?」 「じゃ、あれ棺おけかよ!?」 野次に対し、ルイズは反論する気力もなかった。 絶望を噛み締めながら、ルイズはふらふらと箱に近づいていく。 箱。でっかい箱。ふよふよ浮いてる箱。 それが自分の使い魔。 実家になんて言おう。 箱――これ、本当に箱か? 何か浮いているし……。もしかすると、何かのマジックアイテムかもしれない。 そんな微かな希望をこめて、ルイズは箱に触れた。 がちゃり……と、力のこめ具合のせいか、箱の一部が動いた。 これは――がちゃり、ルイズはさらに動かしてみる。 もしかすると、これ……普通じゃ開かない? そう思いつつ、動かし続ける。 後ろでは他の生徒たちがどんどん召喚を成功させているが、ルイズはだんだんと箱に熱中し始めていた。 そして、あることを推測する。 これって、箱のそれぞれの面を同じ色で統一させるんじゃあ? 統一させたら、どうなる? マジックアイテムという言葉が頭をよぎる。 そうだ、普通こんな浮いてる箱なんてありえない。すごく貴重なものを、この中に隠しているのでは!? きゅぴーん! ルイズの中で、希望の光が輝いた。 そして、ルイズは箱を――いやいや、ルービックキューブを動かす! 動かす! 動かす! ……いくばくかの時間経過。 他の生徒たちはというと、みんなどんどん使い魔を召喚して、とうとう最後の一人が召喚を終えていた。 「ミス・ヴァリエール……コントラクト・サーヴァントは終わりましたか?」 そうコルベールが声をかけたのと、ルイズが『パズル』を完成させたのは、ほとんど同時だった。 ヴオオオオオオオオ……! 箱が輝き、不気味な音が鳴り響く。 「これは……」 コルベールが自分の杖を握り締めた時、 <パスワード確認、パスワード確認> 「「しゃべったあ!?」」 ルイズとコルベールがハモる。 ガパア! 箱が突如として、分解した。 中から出てきたのは、人形……いや、人間の少年である。 年はまずルイズよりも下と見てよい。 少年の着ている奇妙な衣服――肩パット、手甲部、靴、そして後頭部に伸びるように立っている髪を結んだ球状のもの――にそれぞれ、触手のようなものが接続されていた。 前髪の部分と、後ろの球状のものに、8のマークが見える。 <ガーディアン・エイト、起動します> 声と同時に、それらは少年から切り離される。 そして、少年は――倒れた。 「ちょ……!」 とっさに駆け寄るルイズは、箱の残骸がすーっと消えていくのを見逃したが、コルベールはこれをしっかりと見ていた。 人形? ゴーレム? それとも、人間が何かの魔法であの箱に閉じ込められていたのか? ルイズは少年に駆け寄り、固まった。 「くかー、くかー……」 少年はただ寝ているだけだ。 「……この」 平和そうなその顔に、ルイズはちょっとムカムカした。 「ちょっと、あんた! 起きなさい!」 怒鳴りつけてみたが、一向に起きない。 ――もしかして……箱じゃなくて、この子が私の使い魔? 何ともいいがたい気分になる。 ――で、でも、でも! あんな風に箱に入ってたってことは……もしかすると、何かすごい力とかがあるのかもしれないわ! うん、そうよ! 多分……きっと、そうなんなじゃないかな? できればそうあってほしいな…………。 てな、葛藤をしつつ―― 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ――」 そっと、ルイズは少年にキスをした。 寝ている少年の左手に、使い魔のルーンが刻み込まれていく。 すると、髪の毛の球から、声がした。 <マスターの設定を変更します、マスターの設定を変更します…………。…………変更は無事終了しました> 「な?!」 その途端、ぐおんと少年が起き上がった。 少年はじーっと、ルイズを見つめる。 「な、なによ……」 「ごっつあんです!!」 バッと左手の手のひらを突き出すように、少年は珍妙な挨拶をした。 「……あ、あんた、誰?」 「エイト」 「エイト……? ふーん、そういう名前なんだ? で、あんた何であんな箱に入ってたの?」 「えーとね……」 「うん」 「わかんない」 「……あ、あんたね……?」 ルイズは頭をかかえたがすぐに気を取り直し、 「……もういいわ! とにかく、あんたは今日から私の使い魔よ!」 「わかった。おまえのつかいまになる!」 エイトは元気よく応える。 「や、やけに素直ね? ……って、お前ってなによ!? 使い魔のくせに、ご主人様と言いなさい!」 「ごしゅじんさま!」 「……わ、わかればいいのよ」 あまりにも素直なエイトの態度に、ルイズはちょっと調子を崩しながらも何とか平静を保つ。 横でコルベールがエイトのルーンを見て何か言ってたようだが、そのへんは聞き逃してしまった。 ルイズはおかしな少年・エイトを自分の部屋へと連れてきていた。 「まず、使い魔の仕事について説明するから、ようく聞くのよ?」 「ようくきく。はやくおしえろ」 素直な返事をするエイトに、ルイズは困ったような顔で嘆息した。 ――この子、本当に大丈夫なのかしら? もやもやとした不安を感じずにはいられなかった。 たとえ人間であろうが、使い魔として召喚した以上、メイジに服従するのは当然。 ましてや平民ならばなおさらだ。 それがルイズの認識である。 ならば、相手のこちらの言うことに従うのしごく当たり前で、戸惑うことなどありはしないのだが……。 その素直さゆえに、かえってルイズは戸惑っていた。 あまりにもこちらに従順すぎる。 言葉づかいや礼儀はアレだが、戸惑うとか、反抗するとか、そんなものが欠片も見えないのだ。 常ににこにこへらへらした表情で何を考えているのかわからないくせに、ルイズの言うことに恐ろしいほど忠実である。 だから、だろうか。 ルイズはこの少年の素性がひどく気になっていた。 これがもしも、どこか異世界からやってきたルイズと同年代の平民の少年とかだったりしたら、そんなもの考えずに、有無を言わさず服従をせまってであろうが。 道すがら、どっからきたのか? 親兄弟はいるのか? そんなことを尋ねてみたが、何を聞いても要領を得ない。 一応考える様子は見せるのだが、結局は、 「わかんない」 である。 ちょっと頭がおかしいのでは? と思ったりしたが、こっちの命令にはちゃんと従う。 ――まあ、反抗されるよりはいいか。 ルイズは不安を押しやりながら、ごほんと咳払いをする。 「まずはね……そう、使い魔は主人の目となり、耳となるの。つまり視覚や聴覚の共有………。無理みたいね」 エイトはぼへ~っとした顔で、ルイズを見ていたが―― 「めとなり、みみとなるってな~に?」 「わかんない? しょうがないわね……つまり、頭の見たり聞いたりしてるものが、私にも見えたり聞こえるようになることよ」 ルイズが答えると、 ピピピピ…………。 例の球からまた変な音がした。 「どうせできないんだから、いいんだけどね。……あのさ、ずっと気になってたんだけど、その髪の丸いの、なんな……」 言いかけた時、ルイズは違和感を感じた。 耳が、何か変だ。 さっき自分の言った言葉を、別の誰かが同時に言っていたような。 それに、目の奥に残像みたいに見える、このピンク頭の女はなんだ……? 「へ? これ……私?」 ルイズはハッとする。 感覚の共有ができている。 今、エイトの見聞きしているものが、ルイズにも伝わっているのだ。 「かんかくのきょ~ゆ~って、こういうの?」 と、エイトが聞いてきた。 「え、ええ。そうよ! なんだ、できるじゃない……! やっぱできるじゃない!」 ルイズは驚きながらも嬉しくなり、 「とりあえず、あんまり続けるのはアレだから、いったん切るとして……。次! 使い魔は主人の必要なものをとってくるの! 薬草とか、硫黄とか、秘薬の材料になるものを」 「やくそう? いおう? ひやく? ざいりょう?」 「……わからないわよね、あんた平民だし。それはいいわ。これはパスね。次が一番大事。主人を守ることよ!」 「ぼくは、ルイズをまもる!!」 エイトはうなずき、元気に返事をした。 「やる気はすごく感じるけど……」 今ひとつ頼りないわね……ま、しょうがないか。と、ルイズはため息をつく。 こんな子供に、護衛など期待できないだろう。 「後は……明日にしましょう。朝になったら起こして……それから」 ルイズは衣服を脱ぎ、エイトに放る。 「これ、洗濯しといて。そこの籠の服と一緒に……」 「せんたく?」 きょとんとした顔でエイトは動かない。 「……あんた、洗濯もわかんないの? 今までどんな生活してたのよ……。朝になったら、メイドにでもやり方教わりなさい」 「わかった。メイドにおそわる」 「なら……今日はもう休むわ。あんたは床よ」 ルイズは床を指差す。 「毛布くらいなら貸してあげ……って」 ルイズが毛布を持って声をかけた時には、エイトはひっくり返るようにして床に寝転がっていた。 すぴーすぴーと寝息をたてている。 「寝つきいいのね……?」 ルイズは呆然としながら、自分もベッドで眠りについた。 前ページ次ページ使い魔エイト
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ルイズは夢を見ていた、子供の頃の夢を。 あの頃自分は優秀な姉と比べられ、いつも叱られていた。 「ルイズ、ルイズ、どこに行ったの? ルイズ! まだお説教は終わっていませんよ!」 この日も魔法の成績が悪いと母親に叱られていたのだ。 「ルイズお嬢様は難儀だねえ」 「まったくだ、上の2人のお嬢様は魔法があんなにおできになるというのに」 召使の陰口に歯噛みしながら、ルイズはいつもの場所に向った。 彼女が秘密の場所と呼んでいる中庭の池、そこに浮かぶ小さな池。 ここにはめったに人がくることも無く幼い頃のルイズは落ち込むといつもここへ来ていた。 そしていつものように船に乗り、毛布をかぶった。 「泣いているのかい、ルイズ」 声をかけてきたのはルイズより歳が10歳ぐらい上の子爵だ。 最近近所の領地を相続したその貴族はルイズにとって憧れの君だった。 「子爵様、いらしてたの?」 「今日は君のお父上に呼ばれたのさ。あの話のことでね」 「まあ!」 それを聞いてルイズは頬を赤く染めうつむく。 「いけない人ですわ。子爵さまは……」 「ルイズ。ぼくの小さなルイズ。きみはぼくのことが嫌いかい?」 おどけた調子で言う子爵の言葉にルイズは首を振る。 「いえ、そんなことはありませんわ。でも……わたし、まだ小さいし、よくわかりませんわ」 そんなルイズに子爵はにこりと笑い手を差し伸べる。 「子爵様・・・」 「ミ・レィディ。手を貸してあげよう。ほら、つかまって。もうじき晩餐会が始まるよ」 「でも・・・」 「また怒られたんだね? 安心しなさい。ぼくからお父上にとりなしてあげよう」 ルイズはその子爵の手を握る。 「くくく・・・」 突然子爵が笑い出した。 「子爵様?」 「ぶひゃひゃひゃ・・」 とても貴族とは思えない下品な笑いにルイズは困惑する。 子爵は帽子をばっとはずす、帽子は風で飛んでいった。 その下の髪は子爵の持つ綺麗なストレートの髪ではなくモジャモジャの天然パーマだった。 そう、子爵だと思った人物はルイズの使い魔、坂田銀時だった。 ルイズの姿もいつの間にか16歳に戻っている。 「なんであんたが・・・」 「ひー腹いてー・・よう、じゃじゃ馬娘、おめえの憧れの子爵様のちょっとまねやったら 簡単に引っかかるんだもんなー、何が『いけない人ですわ。子爵さまは……』だよ。 普段そんな言葉一言使わねえくせに癖に笑わせてくれるな」 銀時は腹を抱えて笑いすぎて涙目になっている。 「ギントキのくせに・・使い魔のくせに・・・」 ルイズは顔を赤くしながら怒る。 「ぷぷ・・そんなこといってほんとはわかってるんだぜ」 憧れの子爵の格好をした銀時はニタリと余裕たっぷりの笑みを見せる。 「何よ?」 「ルイズ、おめえはこの銀さんに惚れてんだろ」 「ば・・ばかじゃないの! 何ちょっと一緒に踊ったからって、調子に乗らないで! あんたのことなんか大嫌い!!」 「そうかい、そうかい、そいつは良かった」 「え?」 銀時の意外な言葉にルイズはさらに困惑する。 「ガキなんざ最初から興味ねえし、惚れられてもうぜえだけだし 元々居たくてこんなところに居るわけじゃねえし」 「ちょっと・・・」 ルイズは何か言おうとするが言葉が出てこない。 もしここで反論したら惚れていることを認めてしまうようなものだ。 「じゃあな、ルイズ、俺は神楽のところに帰るわ」 「ちょっと待ちなさいよ、あんたは私の使い魔なのよ、勝手に帰るのは駄目」 「別にいいだろう、嫌いな男となんか一緒にいたくねえだろうし、じゃあなルイズ」 そう言って銀時は船から高くジャンプしそのまま消えてしまった。 ルイズは一人船に取り残される。 船はいつの間にか池の中央まで来ていた、魔法が使えないルイズはここから出られなくなってしまった。 「ギントキ、待ちなさいよ、勝手に帰るなー!!せめて船元の場所に戻しなさい」 ルイズの叫びに答える者は誰も無く、池の中に消えていくだけだった。 「うぃー、今けーったぞ、銀さんのお帰りだぞ、ひっく」 銀時は酔っ払いながらルイズの部屋のドアを開けた。 今日はマルトーと飲んで帰ってきた。 かなり遅い時間のためルイズはベッドに寝ている。 「何だ、寝てんのか」 「うわ、お前酔っ払ってんな、相棒」 部屋の隅に置かれたデルフは呆れたように銀時を見た。 「いいじゃねえか、マダケン、っと」 銀時はフラフラしながら部屋の中に入る。 「おい、相棒そこは・・」 銀時はルイズのベッドに倒れこんだ。 銀時は酔っ払って家に帰ったとき、ソファーにそのまま寝る癖があり、 その癖がそのまま残ってルイズのベッドに潜り込んでしまったのだ。 そのままいびきをかきながら銀時は眠ってしまった。 「ん~、ギントキ、待ちなさい・・」 眠っていたルイズは目を覚ました。 「何だ夢か・・そうよね、使い魔が主人をおいて勝手に帰るなんて・・」 ルイズはほっとしたように横に寝返りをうつ。 ルイズの顔には何か白くてモジャモジャしたものが当たった。 ―なにこれ・・ ルイズはそれを良く見る。 それは人の髪の毛のような物だった。っていうか髪の毛だ。 そして自分の目に銀時の寝顔のドアップがうつる。 銀時は自分のすぐそばで寝ているのだ。 「きゃああああ!!ああああんたなんでここにいるのよ」 「んだよ、うっせえな、人が気持ちよく寝てんのに・・ん、ルイズ、お前夜這いか?」 ルイズの悲鳴を聞いてそれまで寝ていた銀時は目を覚ます。 「夜這いはあんたでしょうがぁぁぁ!!」 ルイズは銀時の股間を思いっきり蹴飛ばす。 「ぐおおおぉぉ!! 何しやがるこのブス!!もう一人のデリケートな俺が今大変なことになってんぞ。 パー子か、俺をパー子にする気か!!」 「ブスですって!!ゼロといわれてもブスって言われたことは無いのに」 ルイズの怒りが最早違う方向に向っている。 「うっせえブス」 「このー!!」 ルイズは銀時の首にギロチンチョークをかける。 「うおおお、ちょっとぉぉ!!俺の首と胴体が離婚寸前なんだけど、ふざけんな、俺はまだ別れねえぞ」 こうしてルイズの部屋では深夜のプロレス大会もしくはSMプレイが始まった。 その頃フーケが囚われているチェルノボーグの監獄 「ぐっ、まだ顔がひりひりする、あの使い魔、人の顔面思いっきり叩きやがって」 牢屋の中ではフーケが悪態をついていた。 銀時もさすがに加減はしたが、それでもフーケにとっては死ぬほど痛かった。 痕に残らなかったのは奇跡といってもいいだろう。 フーケは悔しかった。 あの使い魔の徹底的に人を馬鹿にした態度が、その上普段はちゃらんぽらんである。 そんな使い魔に自分は捕まったのだ。 フーケは銀時とは喋ったことは無いが何度か見たことはある。 ちゃらんぽらんなくせに学院で働く平民からは妙に人気があった。 最初はギーシュを倒したからだと思ったがどうもそれだけではないようだ。 人当たりがいい風にも見えない。 実際顔は好みだった。 あの天パと死んだ魚の目を除けば結構見れる顔だ。 キュルケが自分の素性を聞いてきたとき、庇うような事をいってくれたのは 正直嬉しかった。 ―って何考えてるんだ私は。 フーケは今思ったことを振り払った。 「くっ、もしここから出られるならあの男をギャフンと言わせてみたいね」 フーケはうなだれながらそんなことを口にした。 そんなことは不可能なのはわかっている。 杖を没収されている上、裁判にかけられたらよくて島流し、悪くて縛り首だ。 誰かが近づいてくる音が聞こえる。 見回りの看守の足音にしては妙だ。 来たのは白い仮面をかぶった貴族の男だった。 「お前の願い叶えてもよいぞ」 「聞いてたのかい、趣味が悪いね」 男は自分を脱獄させてやるといってきた。 話を聞く限り、今アルビオンでクーデターを起こした貴族派の一味らしい。 自分たちの仲間になれというのだ。 フーケにとっては断る理由が無かった。 正直あまり乗り気ではないが断ったらどの道殺されるか、縛り首だろう。 「これから旗を振る組織の名前ぐらいは、教えてもらってもいいんじゃないかい」 フーケの問いに白仮面の男は鍵を開けながら答えた。 「レコン・キスタ」